第二百六十一句
「本当によくやったわね」
ふみの能力が、他の能力の出力を調節できるものだったとは。思いもよらぬ回答にしばらく固まったが、そこへたびが付け足しをした。
「そうそう。僕、いつもふみちゃんに助けてもらってるんだよ」
どうやらたびの能力は、下手すれば意識と体が完全に分裂して戻れなくなることがあるらしい。それを防ぐためにふみに頼っているとか。それなら二人で戦っている途中にあった彼からの無線の意味も分かる。何とも都合の良さに恵まれた人たちだ。だが、それではっきりとわかった。ふみは川霧にも能力を使ってくれていたのだ。
「じゃあ、お前が能力を使ったのって……俺の目が怪我しないため?」
恐る恐る聞くと鋭い睨みが飛んできたが、同時にたびと似た柔らかい笑顔で言った。
「本当に仕方のない方。感謝してくださいね」
まるで主の気持ちが分かったようだった。何も知らずに行動していた自分が、自分でも言えるほど――恥をかいている。確かに良いことをしてくれたとは思うが、腑に落ちないのでこちらからもにらんで顔を近づけた。
「やだね、感謝なんかしてやるもんか」
「はぁ⁉それはないでしょう!」
決してほほえましいとは言えないが、楽しそうな様子を見ていたたびはどこか懐かしさも感じた。物音が聞こえたのは、その直後だ。まだ争っている様子の二人の口を押さえ、耳打ちをする。
「静かに。何か音がした」
同時にコクリとうなずき、三人で音を目で追っていく。右に、左に、風が吹いたらすぐに聞こえなくなりそうなくらいだったが、決して聞き逃さない。川霧はもう布を離してもよさそうだったので目を開こうとするが、強制的に布を当てられるとそのまま尻餅をついて倒れてしまった。
隣にいたふみが試しに、矢をつがえると動いている範囲の真ん中あたりに焦点を定めて放った。少し上に命中すると落ちてくるか遠くの木まで揺らすかだが、矢はその場で止まったかのようにして動かなかった。
(刺さったか……いや、受け止めた?)
それなら人の可能性が高い。影人か、はたまた黒マントか。それによって対応の仕方は変わる。なんとしてでも正体を突き止めなければ。そう思い、事前にたびは後ろへ回っていた。矢を放ったのは注意を引くためでもあったのだ。気づいている気配はなさそうなので一気に畳みかけようと、肺が大きく膨らむほど息を吸うと跳びあがって槍を突き出した。
だが、次の瞬間肩に痛みが走る。見ると見覚えのある矢が突き刺さっているではないか。恐らくふみの矢を利用してきたのだろう。抜くと大量出血を起こしてしまうため、矢じり以外を切り落として布で押さえた。利き手ではない左腕だったのが幸いだ。
動かなくなるのも時間の問題だ。そうなる前に倒してしまいたいと焦る気持ちで槍を振る。暗闇で姿が見えにくくなっているそれはその動きを見切っているように止めてきた。もう黒マントと思ってもいいだろう。枝々が邪魔に感じてくるがそれでも諦めない。
後ろでどこからか拾ってきた蔦を矢に絡めているふみの姿があった。こちらに構えてタイミングを見計らっている。目を合わせたあとに真逆の右側に避けると左から蔦がすれ違ってきた。素早くつかんで体の前を通らすと右側から通して二人のいる方に投げ返した。地面に到着した矢を拾うと、最初に投げたあまりと一緒にもって引っ張り始めた。
相手の体がぐんっと引っ張られて木から落ちそうになっている。まだ枝をつかんでいるようなので耐えているが、柄の先で腹と思われるところを突いて追い討ちをかける。そこからは体力勝負になってきた。もう少しで押しきれそうなときに、額に銃口が当たった。
一度はためらうが、それでも手の力は緩めない。引き金に手が置かれた音を聴くと上半身を屈ませてなんとか避けられた。だが同時に、蔦が切れてしまった。




