第二百六十句
「私は一人でも行けます」
ふみは、正面にいる青年の顔に布を当てた。なぜなら彼の目からは血が流れていたからだ。能力で目の使い過ぎになってしまい、こうなったのだろう。だが、その割には顔は穏やかで、本当に気絶した者とは思えなかった。
そばにいたたびは木の陰にいた黒マントを見つけ、まだ意識が戻っていないことがわかると無理やり引っ張って表に出してきた。また他の邪魔が入るまではこの黒マントを姿見まで運ぶのが最優先事項だ。だが、焦ることはなく、時の流れのままに、二人は川霧が起き上がるのを待っていた。
数分前――
ふみは目を見開いて驚いた。今、川霧の前にふわりと着地してきたものは間違いなくたびだったからだ。場所は伝えていないし、応援も頼んでいない。だが、なぜいるのだろうか。そんなことを聞く間もなくたびは木を介して逃げ回る影狼を目で追いかけると、あるタイミングで槍の柄を肩にかけながら後をつけていった。もちろん、後ろから全速力で追いかけているのではなく徐々に距離を詰めてきている感じだ。
影狼はそれに気づいて合わせているようだが、加速していって頭の処理ができないほどまでになった。極めつけに刃影狼の行き先を予想して先回りしたほどだ。あっという間に首根っこを掴むと、少し腕を上にあげてから落として浅く刃を入れた。
うまく急所に当てることができたらしく、それ以降の攻撃はないまま消えた。こちらへゆっくりと戻ってきたときの様子は、戦いのときの姿で忘れていた柔らかい雰囲気だ。目の前に転がっている川霧を見ると、何回かつついてから仰向けにした。
「ふみちゃん、川霧くんを見ててね」
「わかりました」
横に綺麗に正座すると、赤い涙をぬぐうためにポケットから布を出した。
目を開けると、こちらを覗き込んでいるふみに驚くとともに強烈な目の痛みが襲って来た。変な声を出してしまい、目を押さえていてもわかる呆れた声が聞こえてきた。
「はぁ、まったく。しばらく目をこの布で押さえておいてください」
言われるがままに手を伸ばし、痛みに耐えるために布を強く押しあてると額に強いデコピンがとんできた。それではもっと悪化するという。言い返そうとも思ったが、生憎そんな元気はないため落としなしく黙っていると足音が聞こえた。
「起きた?」
「たびさん⁉なんでここに……?」
「そうだ、たびさん、なんでここが分かったんですか?」
先ほどは戦っていて聞けなかったが、この機会に聞いておいた方が良いだろう。駄々をこねる子供のような二人に、笑って返した。
「んー?簡単だよ。僕の能力で意識を適当なところに飛ばして二人を探したんだ。状況的に不利っぽかったから急いだよ~」
あまりに簡単だった答えに開いた口が塞がらない。だが、急いできてくれたことには感謝しかない。行きぴったりにお礼を言うと、楽しそうな笑みを浮かべていた。
「そういえば川霧君、今君の目は充血してるし、血の涙が出てきたけど今までもそんな感じだったの?」
「えっ、俺の目から血が出てるの⁉」
見えないから、そんな反応になるのは当たり前だ。だが、こんなことには前例がないらしい。何かおかしいことはなかったかと聞かれると、すぐに出てきたことがあった。
「あぁ、なんか今日はいきなり能力の効きが悪くなったんだよ。でも、異常があったら博士がすぐ気づくだろ?それがないからびっくりしたんだよ」
「へぇ、それはいつから?」
「さっきの戦いの途中ぐらい」
たびと川霧は頭を抱えて考えていると、その後ろで小さく手を挙げた者がいた。ふみだ。
「ふみちゃん、どうしたの?」
「すみません、それ、あの……僕のせいです」
にわかには信じられない言葉だ。だが、たびには全て理解できたようで大きくうなずいていた。
「どういうことだ?」
「あれ、僕の能力なんです」
ふみの能力:他人の能力の出力を調節する




