第二百五十九句
「あなたなんか嫌い」
(まだ残っていたか!)
後ろを向いたたびに襲い掛かったのは、木から跳び降りてきた数匹の影狼。武器をわざわざ自分のもとまで引き付けてから振ると時間がかかる。仕方がないので、影狼が平行に重なる位置を見つけて上半身を地面に近づけるとともに足を上げて上段蹴りをした。その勢いに押されて一気に影狼たちが地へ落ちてくる。間を開けずにすかさず槍で斬りかかるとあっという間に灰になっていった。
一気に静かに感じられた風景を見る間もなく、前に行った影狼を追いかける。もう結構遠くまで逃げられている可能性が高いが、他の二人に被害が広がると厄介なことになりえない。
(あのタイミングで影狼たちが仕掛けてきたのが、僕を倒すためじゃなくて足止めするためだったら辻褄が合う……)
まんまと影狼の罠に引っ掛かってしまったことへ後悔すると、不自然な影が見えてきて思わず少し手前で立ち止まった。明らかに影狼の形だ。こちらへ気づいていることは確かだが、動こうとはしていないので、こちらから攻撃を仕掛けた方が手っ取り早いだろう。息を短く吸った後、少し止めて長く吐く。緊張をほぐす深呼吸の方法だ。槍を持っている手汗を風で無くしたところで地面を蹴り、勢いよく飛び出すとまた影狼は逃げる体勢を取った。
絶対に逃がさないという強い思いが体を前へ行かせる。いよいよ間合いまで入ってきたとき、変形したと思えばいつの間にか目の前からはいなくなっていた。だが、すぐに後ろから自然のものではない微風が吹いてくる。瞳孔だけを後ろに動かしてこの後の動きが悟られないようにしながら見ると、もうひとりのたびが出来上がっていて手刀を振り下ろしている。
急いでしゃがんでから蹴りを入れるが、体幹がしっかりしているようでなかなか崩せない。影狼は変形するとき、一度液体のようになるので少しなら位置を変えることもできる。風もいい具合に吹いていたので後ろにまで移動できたのだろう。本当に幸運な影狼だ。ひとまず間を離し、再度槍を持ち直すと大きく振り回して動きを制御した。的は大きい。だが、避けてくる速度が著しく速い。
影狼が真似られるのは見た目だけのはずだが、たびはすっかり正面にいるものがもう一人の自分のように思えてきてしまった。しゃがんだ瞬間に見えた背中を抑え込み、片手だけで自分の体を支えてそのまま一突きしようとしたが、うまく抑え込めず上半身を起き上がらせてしまい、逆に転倒してしまった。
立ち上がるがそれと同時に胸蔵を掴まれて勢いよく地面へ振り落とされると、ひどいめまいがしてうまく起き上がれない。髪をくしゃっとさせながら血のついた額を押さえ、ゆっくりと立ち上がる。手を離そうと思った頃にはまた後ろからの攻撃が来そうになっており、しゃがんでその後ろへ回った。綺麗に着地されたのであまり準備をする時間はない。
工夫をすることもなく、真正面から向かうとあちらも避けることはなく受け止めた。だが、まだ余裕のある表情だ。やり投げのように持ち変えると横からの攻撃をするかと思い、影狼が両手を横に出してくる。それでもたびは止めずに穂先を動かし、柄がその首の後ろへと当たった。
自分の体に引き付けるように両手で持った柄を引っ張りながら腹に蹴りを入れる。苦肉の策だ。それでも相当深いダメージがあったらしく、離すとその場で膝から崩れ落ちてしゃがんだ。もう動けないだろう。とどめの一撃を刺そうと思った時だ。影狼は元の姿に戻った。そして、汚い声で一鳴きすると木々に隠れていた何匹かが顔を出して突進してくる。
(へぇ、君たちにしては単純な動きじゃないか)
あちらから向かってきてくれるので、足を動かす必要はない。その場で穂を構え、一掃するとその後ろにいるおびえた顔の影狼に向けて槍を動かした。




