第二百五十五句
「貴方は大丈夫よ」
影狼を目の前にして跳びあがったたびは、そのままできる限り前に進んだ。着地地点は影狼の背中だ。自分の全体重をかけ、スニーカーの底でさえも武器のようにしてかかとから乗っかっていった。乗られた二匹の息は詰まり、そのまま前後の足を曲げて座る姿勢を取った。だが、軽くジャンプしたと思えばその背中を勢いよく斬られて背中から消えていった。
残っている体を踏み台のようにしてからまた別の影狼の背中に乗り、それを繰り返していった。自分たちが向いた方向と逆に進んでいくので、いちいち方向転換が大変になっている。加えてスバや動きで移動されるのでまるで歯が立たない。まるで水の上を歩くようにして、あっという間に反対側へ着いた。最後の影狼をから跳ぶと、一度木の上に隠れた。大きいが、もうかれているようで何回か動かしたら枝が折れそうだ。
(これはちょうどいいね……)
槍で何回か枝の根元を突き、ある程度傷がついたところで素手で折った。幹の周りにはすでに影狼が群がっており、登ってこようと前足を動かしているものもいる。来られる前にと急ぎ目に枝を持つと、背中の後ろに来るまで引いて勢いよく下に向かって投げた。いきなり来た大きな塊に動揺し、数匹はその下に埋まって数匹は先端が刺さって灰になっていく。
またその上に乗ると、まるで影狼たちを軽率するかのような目で槍を構えた。それをぐるっと囲んで群がってくる数の、なんと多いことか。牙をむき出しにしながら近づいてくるのに対し、その場で膝を胸につけるくらいまで高く跳んで縮こまり、槍を伸ばして一回転するとたちまち周りが血の海になった。先ほどまで向けられていたいくつもの視線があっという間に倒された影狼に注目する。
それを狙って、着地した後に勢いをそのままに正面から突っ込むと槍の穂先を下にしたまま走り抜けていった。吹き出る血など気にせず、冷静な顔で走る姿にはもういつものたびではない。ようやくと言うところで地面に着地すると、振り向くと同時に残りが一斉に壁をつくるように迫ってきた。しかも何匹かはたびの姿に化けており、素早く木の上に隠れていった。
(これはうかつに攻撃できないね。どうにかしてこっちに来てもらわないと)
少し遠回りだが、目の前に行かれると厄介なのでそのまま右を向いて大きく姿見の所まで戻っていった。他人事のように鎮座している鏡を見つけ、その後ろに隠れる。特に確認するでもなく、また目を閉じると先ほどもみた眠った状態になった。
影狼が追い付くのに、そんなに時間はかからなかった。茂みから音が聞こえたので間違いなく姿見の後ろにいるだろう。だが、狙ったのは姿見だった。躊躇することなく走り始め、その勢いで割ろうとしてくる。あともう少しの所で、目の前から何かが落ちてきた。
それは持っているものを突き立て、そのまま止まっている。足の制御が効かなくなってしまった何匹かは体を貫かれてしまった。困惑してその目の前にいた者を見ると、たびだ。あの物音は、姿見の後ろに入ったのではなく姿見から移動したときの音だったのだ。
すかさず木に隠れていた、たびと同じ姿をした影狼が飛び出してくる。それでも素早く避けると姿見に当たる直前の所で柄で体を支え、そのまま蹴りを入れた。動ける範囲が小さいながらも、その素早さで倒している姿は影狼から見ても恐ろしいものだった。
まだ化けた影狼は残っている。動きに余裕はあるため自分から動いて行くことにした。
(うまく動けた。これなら影狼もうかつには姿見に近づけないはず……)
槍を右から左へ大きく振り、手前にいたものを一掃するとずかずかと奥まで踏み入れていく。もうどちらは影狼かも関係ない。
(あぁ、やっぱり、自由なのは楽しい!)
さながらその顔は真剣なだけでなく、楽しそうに見える部分もあった。




