第二百五十三句
「さすが我が息子!」
影狼に囲まれたたびは、あちらが動き出すのを待った。赤い瞳孔がぎょろりと向いた方向へ同じように目線を動かし、その後を追っていく。いつしかそれは後ろで止まったようだ。風が完全になくなったところで地面を勢いよく蹴る音が聞こえ、瞬時に体を百八十度回転させた。
穂先は風のような速さで後ろにいた影狼へ向かい、ちょうど目が合う時に腹へ当たっていた。刺されるよりも先にその押し出す強さが上回ったようで近くにあった木へ吹き飛ばされていた。すぐ後ろには姿見があったので、少しでも角度を間違えれば割ってしまっていただろう。内心ひやひやしながら次に音がしたところへ体を向ける。
真正面からの接近戦だ。リーチが長い槍を持つたびが有利になっており、その華麗な動かし方で一気に影狼を魅了するほどだった。華奢に思える見た目からは想像できないほどの速さと力強さを持ち合わせている。立て続けに右側にいた影狼を倒したが、その次の音はどこからもしなかった。
不思議なことに、さっきまで睨んでいたはずの影狼の姿がないのだ。だが、よくあることだ。どうせまたどこかに隠れているのだろうとあたりを見渡したが、あの赤い目もない。
(逃げ出しちゃったかな……?)
顎に手を当て、首をかしげながらその考えで納得するとまた影狼を探しに出かけた。時折立ち止まって耳を澄ませるが、やはり音もない。再び進もうと前を向いたが、落ちた葉が踏まれる音を――聞き逃さなかった。
すぐに目を見開きながら後ろを向くと、そこには先ほどの五倍以上の影狼がいるではないか。
(まだ仲間を隠し持っていたのか……!)
小さく舌打ちをすると、静かさなどを気にせず一気に近づいてくるそれらに備えて槍を背中につける姿勢を取った。流されないようにしっかりと足を踏ん張らせていると、いよいよ間合いに入ってきた。息を吸い、目を見開くとその場で跳びあがった。
「だーかーらー!お前は俺のこと馬鹿にしすぎなの!」
「馬鹿にできるようなところがありすぎなんです!」
川霧とふみは、影人と戦いながら口喧嘩をしていた。自分たちでもわかるほど、本当に意味のない争いだ。たびが見たら即刻げんこつを喰らうだろう。ふみが援護として木に隠れたのがもはや無意味なほど、二人の声は森に響いていた。
川霧の銃は威力が高く、影人に当たったら即死してしまう。そのため川霧は能力を使って視界を封じることに集中した。ふみもそれが分かったのか、降りてきて手刀を構えた。小さい体を存分に使って軽々と影人の上へ乗り、首の根元に手刀を入れていく。倒れるところで軽く蹴り、踏み台として使ってまた次の影人へと移った。
(あれ、おかしいな。いつもより能力の効きが浅い気がする……)
川霧はふとそう思った。さっきまではちゃんと視界を真っ暗にできていたのに、ある影人の視界を覗いてみると若干暗くなっているように見える。そこから何度も試したが、やはり悪くなっているようだった。
(能力の不具合?それなら博士がすぐ気づくんだけどな)
疑問を持ちながらも、動きが止められれば良いかと思って考えるのをやめた。そんなことを考えている間にもふみが三分の一以上を倒してくれたので、逃げようとしている影人を追った。銃を構え、その近くに見える気の幹に向かって撃ってから足止めをする。近づいて何とか気絶させられたが、上から強大な気配がする。
上を見た途端に飛び出してきた影狼を冷静に見つめ、自分の目を塞ぐとあんなに勢いのあった飛び出しは急激に遅くなってその場で垂直落下していった。銃口を背中に当て、重い一発を入れると体にできた大きな穴から灰になっていった。捜査していた影狼が見つかったことで少しは戦うのが楽になるだろう。史が影人を倒しているところからその周辺を大きく移動し、川霧は影狼を探し始めた。




