第二十四句
「失望したよ」
影狼はさっきまでいたはずの二人が消えたことに気が付いた。追いかけようと後ろを向くと、額に何か固いものが当たった。銃口だ。
「静かに移動した甲斐がありましたね」
天つは影狼ににこりと笑いかけた。影狼は必死に抵抗するが、到底かなわなかった。
「天つさん、それは遠くで撃つから静かになるんだよ」
その後ろに自分より大きな大太刀を持ったちはやが見えた。そちらを向いた天つは少し怒っているようだ。天つの銃にはサプレッサーと言って、銃声を小さくできる道具を付けていた。だが、完全に消せるわけではないので近くに敵がいるとあまり意味がなかった。
「私はいつも遠くからの援護ばかりでつまらないんです。たまには近くで敵をよく観察したいです!」
「ふぅん。まぁ、それがいいなら僕は何も言わないよ。気を付けてね」
「ちはや君も、気を付けてくださいね」
ちはやは新しい影狼を見つけたらしく、風のように去っていった。
「……待たせてしまい、すみません。それでは」
恐怖を感じる前に意識を失った。もちろん、銃声は小さかったのでその影狼の死など誰も知ることはなかった。
「影狼、みんな僕のところに来るよね。やっぱり僕って愛されてる?……冗談だって」
そんな独り言を言いながらも、ちはやは見事な剣さばきで影狼を倒していた。
(天つさん、そろそろ終わったかな?)
天つが一匹を相手しているときに後ろから多数が来るのは想定内。ちはやはそういう影狼を倒していたのだ。だが、数匹で終わるわけがないので、影狼を見つけたらノールックで倒してその間にまた新しいものを探すということを繰り返していた。そのため、主譲りの容貌を引き立てている綺麗な着物たちや大太刀の刃にはその赤黒い血がいくつもついている。
「次は……」
後ろに影狼を見つけてそこへ向かおうとすると、急に気配を感じた。時間がないので躊躇なく振り返ると、さっき倒したはずの影狼が大きく口を開けて飛び掛かってきたではないか。血は残っているので倒したことは確かだ。多分、その後ろに隠れていたのだろう。いったん距離を取って再度後ろを向くと、影狼は天つに近づいてきている。大太刀を握る手に力を入れて、焦りながらもどうやって倒すか考えていると、とっさに良い方法が思いついた。
「ついてきてよ」
わざと挑発するような口調で自分を追いかけさせた。行き先は天つに近づいている影狼だ。できる限り全力で走って急ブレーキをすると、向こうもこちらに気づいたようで警戒しながら走ってきた。そこで急にピタッと止まり、二匹が自分に届きそうになると体を後ろにずらした。するとちはやという名の壁が亡くなった影狼は衝突する。考えるよりも先に体が動き、ちはやは両者の額を刺した。
「ごめん」
灰になる二匹を見送ると、天つのもとへ走っていった。
「天つさん、格好つけてたよね」
「そうですか?いつもだと思いますけどね」
二人は移動中、他愛のない会話をしていた。
「じゃああれも素なの?」
一瞬目を見開いたと思うと、笑いながら言った。
「それはわかりません」
「――ギャッ!」
夜の静寂を断ち切る悲鳴が周りに響いた。顔を見合わせると、声の聞こえたところまで走っていった。恐らく塀の内側だろう。
「ちはやさん」
「何?」
「ちはやさんはご存じだと思いますが、秘密の恋というものは誰かに見られたら秘密ではなくなってしまうのですよ」
どうやら天つは何かを悟ったようだ。ちはやは何を言っているのかわからなかった。塀に乗って内側を見ると、二人の予想通り恐ろしい形相をした女性が男性に畳みかかっている。
「誰かっ!誰かっ!」
必死に叫んでいるようだが、人は誰もいなかった。するとちはやは小さく舌打ちをした。男女の後ろに、隠れている影狼を見つけたのだ。しかも歯の先端に鮮血が見える。
「僕が好きなのは雅だけど、君たちは本当に鄙びだよ」
ふわりと地に降りると、男性と女性を隔離させ、女性は大太刀の柄と塀で挟んだ。天つが下りてくると、低い声で耳打ちをした。
「さっきの訂正。暴れていいよ。早く終わらせたいから」
「いいのですか?フフ、それではお言葉に甘えて……」
天つは今までと違う何とも子供らしい笑みを浮かべた。
鄙びは『伊勢物語』でちはやの主である在原業平がモデルの昔男が一番嫌う振る舞いです。
今回はこちらの都合で少し早めに投稿してしまい、すみません。




