第二百五十一句
「自分の力で何とかしてやる」
視界がフッと暗くなった。前が見えない、何が起こったのか、分からなくなっていた。必死に前へ手を伸ばす黒マントの顔を、誰かの手が覆う――。
「残念でした」
いたずらな青年の声だ。顔から手を離されたかと思うと、今度は背中に圧がかかってきてそのまま両足で蹴り飛ばされた。
数秒前――
黒マントが近づいてくることに気が付いた川霧は、決死の思いで気に登った。もちろん捕まえていた黒マントも持つからないような角度へ隠しておく。木の後ろを覗き込んだ時がチャンスだ。少し離れたところで能力を発動させると、相変わらずの焦った動きを見せた。さらに動揺させるために顔を押さえ、体勢を崩そうとしたがまだ懲りない。正面からは諦めて肩を持つと体を後ろへ移動させて背中に両足を当てた。曲げていた膝を勢いよく伸ばして蹴ると、あっという間に体勢が崩れた。
まだ油断はできない。服の裾をちぎって拘束するために即興の縄をつくると井戸を出されないうちに手と口を塞いで一山超えた気分になった。これで恐らく井戸は出されないだろう。
「……あの」
どこからともなく、ふみが現れた。何を言われるか分からなかったので、睨むような表情でぶっきらぼうに答えた。
「あ゛?なんか文句でもあんのか?」
「えっと、その、助けてくれて、ありがとうございました」
予想外の言葉に、時が一瞬止まったようにも思えた。あのふみが、自分に「ありがとう」と言ったのだ。思ったよりも表情が険しくなっていたらしく、ふみは呆れるようにしてため息をついた。
「ぼ、僕だって感謝くらいできますよ」
「あぁ、うん、そうだよな……」
思考が完全に追いついたわけではないが、ひとまずは黒マントをどうにかしないといけない。無線を取り出してたびに報告すると、倍の数になった黒マントたちを運ぶことにした。一方は川霧よりも身長が低かったが、体つきががっしりとしていて運びにくい。何とか持ち上げられたと思ったが、その瞬間に声が聞こえた。
『来い』
二人で顔を合わせて冷や汗をかく。と思えば、川霧の足元にあった地面が盛り上がって井戸が出てきた。だが、すぐには入ろうとしていない。音で井戸の場所を感じ取ったのか、黒マントはゆっくりとそれを指さしてしばらく固まった。
何が起こるのだろうか。川霧は黒マントをおぶったまま今から起こることを考えながら構えた。向こう側から波の音が聞こえる。そこまで静かになった時だ。井戸の中から、液体があふれるかの如く黒い物体が次々と出てきた。影狼だ。全速力で追いかけてくる影狼に、人一人背負って対応できるはずがない。川霧が背中を強く押されると、思わず手を離してしまった。
追いたかったが、その前にこちらに迫ってくる影狼をどうにかしないといけない。ふみの弓矢だけでは太刀打ちできない量だ。即興の縄はほどけてしまい、黒マントは地面に触れながら赤子のように井戸を探している。
(今ならいけるか?でも――)
唯一の抵抗としてその周りに弾を撃ったが、その時にはもう石の壁を掴んで入り込んでいた。小さく舌打ちをしてから目線を影狼たちの方へ移す。
「黒マントは適当なところに移動させておきました」
「おう、サンキューな」
軽い会話を終わらせると、ふみはどこかへ消えてしまった。援護に入るためにどこかしらの木へ隠れたのだろう。即座に理解して上面を向く。残弾数はまだ残っている。可能な限り連射をしてなるべく数と動ける範囲を減らそうと、引き金を引く指の圧が一層強くなった。
あまり攻撃は仕掛けてこないものの、距離を一定に保つことができない。一瞬でも気を抜いたら間合いに入られそうなくらいだ。そうしていつの間にか森の奥深くへ入っていると、妙なことに気づいた影狼の数が、先ほどよりも少ない。
(あれ、こんなに倒したっけな……?)
「川霧さん!」
木の中から思わず叫んでしまったふみが指さす方向を見ると、目の前には影人がいた。




