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第二百四十五句

「あぁ、本当に綺麗だな」

 川霧は散弾銃を取り出し、その銃口を後ろへ向けた。やはり影狼がいる。すぐにでも引き金を引こうと思ったが、その前に目線が奥へ移ったと思うと気にもたれかかっていた者たちが次々に立ち上がり、ふらふらとした動きから急に速度を上げてこちらへ来た。


 さすがに影人たちを撃って止めることはできない。目線と銃口を影狼に向いたままにし、影狼を追いかけ、それと同時に影人から逃げる三つ巴の鬼ごっこのようにした。五、六匹の影狼は他人事のような振る舞いをしながらちょこまかと逃げてくる。どの影狼を追いかけても、影人が邪魔してくることは確実だ。なるべく接近して影人が入る隙を無くすことを意識した。


(それなら影狼も俺にしか注目できないから操作の腕が鈍くなる。一石二鳥だ!)


 だが、そんなに簡単なものではなかった。フルオート式の散弾銃をうまく使い、弾を乱射させて動く範囲を狭くしていく。一気に近づこうとしたがその横にはすでに影人の体が平行移動してきている。速度と体力にはもちろん限界があり、五メートルほど離れたところで一度止まった。すかさず追い越してきた何人かが体の方向を変え、まだ後ろにいた者たちと挟み撃ちを仕掛けてくる。


 少し離れたところからも風圧が来るほど素早くしゃがみ込むと膝をばねのように伸ばし、軽々と宙へ舞った。空中にいる間も華麗に影狼めがけて弾を放ち続ける。本体は両手で持たないと支えられないほど大きいが、その代わりに装填数が通常の銃よりも二倍以上多い。


 絶え間なく、なるべく弾道をぶれないように撃ったつもりだったが、それでも不慣れな環境での射撃は難しかったようだ。かすることもなくそのまま前へ逃げようとするところを、着地してからも必死に追いかける。影人たちからの挟み撃ちは何とか避けたものの、まだ懲りずに追いかけてくるので後ろにも注意を置かないといけない。


 あまり長い時間逃げさせてもいけない。それには理由があった。――戻ると気まずいからである。通常は素早く影狼を探して倒していくはずだが、たびの行動には最初から違和感があった。一番後ろから付いて行っていたが、背中から影狼の殺気がものすごくしていたことを覚えている。


 たびもそれに言及することはなかったし、増してやふみなんて気づいてすらもいないような振る舞いだった。


(あいつら、本当に大丈夫なのかよ……!)


 しびれを切らして先に行ってしまったものだから、今更引き返して偶然居合わせたら格好がつかない。ただのプライドの問題だったが、川霧にとっては大きなものだった。速度を格段に上げ足の裏に痛みが走ろうが走り続けていく。まもなく見覚えのある光景に戻ってきた。


 ちょうど、二人がついてきていないか確認するときに後ろを向いたところだ。最初の方だったというのを体が覚えていたので、距離にあまり猶予はないだろう。大きくため息をつくと足を止めて和歌を唱えた。


『朝ぼらけ 宇治の川霧 絶えだえに』


 川霧の目が、紅く光る。影狼よりも少し明るく、鮮やかなものに変化すると左手で目を塞いだ。突如、影狼の動きが乱れて影狼も足を止めた。そして、前足を使いながら手探りをしていた。まるで目隠しをされたような動き方だ。というよりかは、本当に見えていないのだろう。


 左手を顔から離した川霧は口角を上げ、いたずらな笑顔を浮かべながら影狼の背中へ銃口を一直線に向けた。


「残念だったなバカ狼ぃ!」


 森に響く声は確かに影狼の耳へ届き、顔を後ろへ向けた。だがその頃には弾は放たれており、綺麗に額を貫いていった。灰になっていく影狼を見送ろうと近寄るが、者すごい風圧と共に黒マントが襲い掛かってきた。再び川霧が目を塞ぐと、影狼と同様に動きがゆっくりになった。首筋へ手刀を入れて気絶させ、ポイズンリムーバーで毒を抜き始めた。


(あー、この作業めんどいな)


川霧の句能力:特定の視界を操る

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