第二百二十四句
「代わってくれませんか?」
小夜の目の前にあった風景には、先ほどと同じ部屋にいるとは思えないほどのにぎやかさがあった。人が多く、全員が何かしらを話している。
「あの……いいか?」
普通の音量で話しかけても、自分が透明になったかのように誰からの反応もない。少しの怒りを抑えながらも、少しだけ音量を上げて話した。
「皆、疲れているところ悪いがいいか?」
急にしんとなったと思えば、一斉に目線がこちらを向いてくる。要望には応えてくれたがこれではまるで小夜が無理やり黙らせたような何とも気持ちの悪い感覚になってしまう。だが、まだ電話はつながっている。博士に迷惑をかけないように携帯のマイク部分を押さえながら、声を張り上げる。
「博士から仕事を頼まれたが、行きたい人は?いなければ私が行く」
それぞれが互いの顔を見合わせる中、ベストを着て革のショルダーバッグを持っている少年が小さく手を挙げていた。自信のなさそうな顔の中にある目には、到底戦っている者とは思えない光が何個も宿っている。
少年はバッグの中にある、どこからか取ってきた綺麗な花たちを手に取りながら話し始めた。
「えっと、僕行きます!」
通称:八重
管理番号:061
主:伊勢大輔
「助かるよ、八重」
部屋に戻り、博士に報告をしながら準備をする。切ろうとして肩と耳の間に挟まれていた携帯のボタンを押そうとしたが、言葉はまだ続いていた。驚いて携帯を落としそうになったが、何とかキャッチしてから急いで耳へ当てた。
『そういえば、他の部屋の子が黒マントの銃を回収したんだ。携帯に詳しい情報を送るから、時間があったら目を通すといいよ』
電話を切り、部屋に沈黙が走ったかと思ったが直後に可愛らしい着信音が部屋に響いた。メールには箇条書きで銃の情報が載せられている。あまりゆっくり見ることができなかったが、大体を掴むことはできた。
黒マントが使っているのはフルオート式の一般的な拳銃。装弾数は十五発だ。ここまでの情報があればいつ襲ってきても対処の方法が考えやすくなる。だが、博士の話によるとその銃を見つけた者たちは黒マントたちにかなりの重傷を負わせたらしい。しかも一五度に四人だ。人数こそわからない彼らだが、しばらく動けないだろう。
決して長期戦に持ち込んではいけない。その考えを胸に叩き込み、部屋を出た。
「一緒に行きましょう?」
「あ、あぁ……」
いきなりいたので驚いたが、八重は満面の笑みで待っていてくれていた。姿見の部屋は相変わらず暗い。わずかな光源を頼りに近づくと、両者何のためらいもなく入っていった。
姿見の奥には小川が見え、その周りを草花たちが囲んでいた。少し肌寒いので、この場所はもう秋になってしまったのだろう。後ろを向くと少しの灯りが見えるのでまだ人は出歩いているように思えるが、夏の夜よりももっと薄暗い。再び前を向いたときには先ほどまでいたはずの八重の姿が見当たらなくなっていた。
慌ててあたりを見渡すと、小川に沿って生えている木々の一つの幹に手を触れていた。近づくと、相変わらずの柔らかい笑顔で話し始める。
「あ、小夜さん。勝手に離れちゃってごめんなさい」
「いや、それは大丈夫。それよりも、何をしているんだ?」
触れている手はそのままに、体の正面を幹へ向ける。笑いかけられた木は不思議と、それに応えるように風へ揺れているように見えた。
「これ、桜の木です。まだあんまり色づいていないけど、並んでいるのも全部そうです。きっと、春になったら花が満開になるんだろうなって思うと嬉しくて」
「八重は花が好きなんだな」
出かけた際にはいつも花を持ち帰ってきて押し花をつくるのが彼の趣味だ。この場所は、八重のために用意されたと言っても過言ではない。なるべく草花を傷つけないようにしたいと、さらに胸へ叩き込む。視界が悪くなってきた。万が一黒マントが現れた場合でも一度にやられないよう、それぞれが別の場所へ行こうということになった。
二人は互いに無線を持っていることを確認し、背を向けて走り去った。




