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第二百二十三句

「あぁ、愛しの人」

 ここはある山奥にある古い館。ここでは、百人の青年たちが楽しく暮らしている。


 ランドリールームでものやの隣にいた、大人の雰囲気を纏った青年は何やらやつれた顔で話をしていた。


「最近は楽しくやってる?」

「はい、おかげさまで……」


通称:小夜(さよ)

管理番号:059

主:赤染衛門(あかぞめえもん)


 背中辺りにまで伸びている髪はまとめて右肩に乗せられており、きらびやかな着物の上からは主の名前を現したような鮮やかな赤色の羽織をしている。だが、その整った顔は困り眉になっていた。何かを言いよどんでいることをすぐに見抜くと、ため息を一つついてすべてを話し始めた。


「楽しいのは()()()()()の話です。裏を返せば、なんというか……」

「なんというか?」

「騒がしい……」


 予想の付いていた答えだが、言い方がまたその苦労さをうまく表してくれている。気のせいか徐々に顔色が悪くなってきているのを感じた。


 部屋は全部で十あり、歌番号順に最大で十人程度で振り分けられている。その中でも小夜の所属する部屋は、圧倒的に主が女流歌人の百人一魂が多い。宮中での出来事が多くあった時代の歌が多いので、仕方のないことなのだろう。


「大変ですけど……でも、私がいなくなったらもっとひどくなりそうなので頑張ります!」


 ものやの部屋には女流歌人は一人しかいない。その部屋でも十分騒がしいとは思うが、小夜の部屋でも何か別の騒がしさがあるのだろう。そう考えたところで、小夜の目の前にあった乾燥機が音をたてた。すっかり水の切れた服を手に取り、部屋を出ていった。


「さすが、僕の娘だね」


 主だったらこんなことを言うのだろうかと思ってつぶやいた独り言に、少しだけ恥ずかしさを感じた。





「帰ったぞ」


 扉を爽快に開けた先にあったのは――いつになく静かな風景だ。どうやら他は買い物に行っているらしい。


「あ、小夜さん戻ってきた」


通常:たび

管理番号:056

主:和泉式部(いずみしきぶ)


 柔らかい雰囲気が遠くから飛んできて刺されたような気分になった。袖に隠れた手は指先しか見えず、どこかつかめないところがたびの特徴だ。肩につくかつかないかくらいで切られたショートヘアの毛先は綺麗に内側へカールしている。これでも、実力は人並み以上にあるのだが。


 その舎人へ目をやると、豪快に机へ足を乗せて何とも近づきにくい雰囲気を出している者がいた。着崩したパーカーに遠くからでもわかる金髪の片側をヘアピンで留めており、見えやすくなった耳にはピアスがついている。まさに典型的な不良の姿だ。


 近づくと睨まれたものの、逆にあきれた表情をして小夜は話を続ける。


「やめてくれないか、行儀が悪いぞ」

「あ゛?うるせーな、テメェに指図される筋合いはねぇんだよ」


通称:(いま)

管理番号:063

主:藤原道雅(ふじわらのみちまさ)


 まったく想像通りの対応だ。怒りが頂点に達するところを必死に押さえると、彼の中の魔法の言葉を唱えた。


「私は煙草を吸うが、君はどうする?」


 すると、なんということだろう。流れるように居間から去って行って自分の部屋に帰っていったではないか。そう、これが今を鎮めるための魔法の言葉だ。不良のような素振りをしている彼だが、酒、煙草なんて一切やっていない。むしろ、匂いや味が苦手で出かけるときは喫煙者がよくいる場所を避けられる道を通っているくらいだ。


(本当にわからない人だな……)


 そうしてまた沈黙が流れた。たびと話すこともないので携帯をいじっていると、突如画面が切り替わった。電話の着信画面だ。『博士』の文字を覗き込むように見つめてから咳ばらいをして、気持ちを切り替える。リビングを出て個室が連なる廊下の入り口に立ち、緑色のボタンをスライドする。


「はい、小夜です」

『もしもし?仕事を頼みたいんだけど……誰かいる?』

「えっと……みんな外出中であまり人がいないんですけど……」


 そう言いかけたとき、扉が開く音が微かに聞こえた。それから大勢の足音が聞こえる。慌てて先ほどの自分の言葉を取り消すと、急ぎ目に扉を開けた。鼓膜が破れることを覚悟しながら。

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