番外編:あくる日の漂白剤リレー
「歴史はつながる」
「あ」
「おっと」
さしもとなほがばったりと会ったのは、『ランドリールーム』の前だった。姿見の部屋の隣にあるこの部屋は、洗濯機や服に関するものの備品が置いてある。隣の部屋は一番電力を使っている部屋だ。それに乗じて、ランドリールームは電気が非常に通りやすい。時々、洗濯機のコンセントを抜いて携帯の充電器をつないでいるなんてこともある。
「今日はされてないといいね。充電」
「あぁそうだな。以前私はそれで、洗濯機を丸ごと修理に出しそうだったよ」
さしももその被害者の一人だ。どうにも洗濯機がつかないので怒ってついには拳を固めて殴り掛かろうとしたのを覚えている。人に当たらない分、物に対しては厳しいのだろう。入ると、特にコードはつながっていなさそうだったがやけに人が多かった。よく見ると全て同じ部屋にいる者だ。
ゴウンゴウンと何かを丸呑みしているようにも聞こえる洗濯機の稼働音が響く。だがそれは、ごく一般の家庭ではありえないほどの速さだ。だが、彼らにとっては当たり前のこと。ここは電力が強すぎて約二倍の速さで洗濯機が回っている。ドラムを覗いて卒倒した者が、もう何人いただろうか。姿見の渦にも劣らぬ気持ち悪さが込み上げてくるので、二人であってもせいぜい三、四秒が限界だ。いつも着ている戦闘用の服をよく観察し、血がついている部分があるか確認した。
「なほ、漂白剤を取ってはくれないか」
「もうないぞ」
なほではない、気高く気品のある声がそう返してきた。驚きながらも声のした方を向くと、あくるが漂白剤の容器を持って目の前に立っていた。
「え、もうないんですか?」
二人の間からひょこっと出てきた滝がそう問う。確かに、それはおかしい。漂白剤なんて、いつも段ボールの一つや二つ、そこら辺に置いてあるはずだ。前来た時は届いたばかりで三本ほどしか減っていなかった。そこへ、少し苦い顔をしているもがなと衛士がやってきていきなり土下座をし始めた。
「「本当に申し訳ない」」
「ちょ、どうしたんですか」
「俺らは戦闘服がスーツだから時間がかかるんだ」
「漂白剤はこちらで注文しておきます」
「いや、博士に頼んで……」
「注文確定ッ!」
「人の話を最後まで聞きましょう」
本当なら感謝するべきなのだろうが、今はそれどころではない。だんだん浸透していき、ついにはそのまま血が染み付いてしまうのではないかということに恐怖しながら話を終えた。
「でもなんというか、私は今すぐ欲しいのだが……」
その言葉を聞いた瞬間、そこにいた全員がはっとしてこちらを振り向いた。一斉にランドリールームから出ていったと思うと、数分後に全員が同じTシャツを着て戻ってきた。
「さしもさん、その言葉、しかと聞き受けましたよ」
「みんな、どうしたんだい?」
「これからみんなで漂白剤を買いに行ってきます。さしもさんはそこで待っていてください」
「いや、私が買ってくる……」
立ち上がろうとした瞬間、なほが手で遮って動きを止めた。通常の戦闘時によく見る、真剣な表情だ。
「な、なほ?」
「さしもさん、皆さんもそう言っているんですし、俺たちはここで待っていましょう」
全然納得できないままそこに座り込むと、突如として部屋の中央にある机に大きなテレビ画面とマイクセットが出てきた。強制的に座らされると、画面の中には真剣な表情をした『漂白剤ガチ勢』のTシャツを着た仲間たちが商店街のど真ん中に立っていた。
「さぁ始まりました、第一回漂白剤リレー!司会・進行のなほです」
「解説の滝でーす」
「私は?」
「……それでは、各選手たちを見ていきましょう!」
「無視するんじゃないよ」
最初に大きく映し出されたのは、山を下って商店街に入ったところの真ん中あたりにあるスーパーだ。入り口には末と衛士がいる。
「それでは、スタートです!」
マイクに向かって叫んだ滝と連動し、第一走者の末と衛士は走り出した。向かうは先に見えるもがなのもとだ。休日の昼頃と言うこともあってかなり人が多いが、それでも二人はうまく避けながら走り続ける。
「さて、お二人の見どころは何でしょうか?」
「そうですね、あそこは百人一魂屈指のデコボココンビですが、戦いのときにもあるような連携プレーが見られるとよいです」
百メートル、五十メートル、徐々に距離を縮めていく。そんな時に突如、ハプニングが起きた。特売セールの紙が張り出されたのだ。それが目に留まった街の人たちは次々とスーパーの入り口に吸い込まれていく。それは、走る方向との逆流が起っているということでもあった。あっという間に身動きの取れなくなってしまった衛士は、とっさに前へ行っていた末へ漂白剤の入ったエコバッグを投げる。うまくキャッチすると、もがなに渡して汗を拭いた。
『衛士さん、あなたの思いは私が受け継ぎました……』
「死んでないからね」
その後も、いろいろあった。もがなが迫りくる観光客たちの列を飛び越えて、『映画の撮影です』なんて言って去って行ったり、あくるが消えたかと思いきやマンホールを伝っていったことが判明したり、近所の子供が使っていたゴム鉄砲のゴムがいたみの胸に直撃して梶との予期せぬ別れ(※彼は生きています)をしたり、山道を必死に走っている葎が何回も足をつりそうになっていたり――。
いつの間にかさしもは、真の目的も忘れて仲間を応援していた。そして、アンカーの葎が汚れたエコバッグを差し出してきた。
「はい、遅くなってごめんね」
「ありがとうございます!」
中には一切傷ついていない漂白剤のボトル。涙ながらに自分の服の前へ持っていくと、さしもの顔から一気に血の気が引いた。ちょうど汚れがある部分とその周辺が何かに浸されている。緑色で、何か泡立っている。
「な、なんだこれは」
「漂白剤がないときは炭酸とかにつけた方がいいって聞いたから、滝君のメロンソーダを入れといたよ」
「うおぉい!勝手に入れないでください!」
こうして、漂白剤リレーは幕を閉じた。結局、漂白剤を使って落とせたのはメロンソーダだけだ。その日以来、さしもは仕事をするときに服から微かに甘い香りがするようになったとか。




