第二十一句
「いつか私も老いていくのね」
「まつさん……」
「何でしょうか」
花は恐る恐る聞いてみた。
「その、もしかして……怒っていますか?」
「……」
もちろんすぐに答えは返ってこなかった。しばらくまつの鋭い目とにらめっこをしていると、それは突然に返ってきた。
「はい。怒ってますよ」
「どうして……」
「僕はあなたが許せなかった。本当は助けてほしいと思っていてもそれがうまく言えないなんて。花さん、本当に完壁な人は無理な時は無理って言えるんです。だから……だから本当につらいときは言ってください!」
どうしてだろう。声は怒っているが、花はまつの顔がどこか悲しそうに思った。それと同時に、自分に不甲斐なさを感じた。
「心配してくださりありがとうございます。でも私、人に頼ったことがあまりないのでどうやって言えばいいかわからないんです」
「そんな……」
「お気になさらず。さて、まだ残党は残っているかもしれませんので、行きましょう」
花はまつの意見が聞けたことが一番だった。別に彼の中で気にするものでもなかったので、いつも通りの振る舞いに戻って進行方向へ振り返った。するとどうだろう、まだ影狼がいるではないか。だが何か違う。下に何かある。浅葱色の布をまとった――
「人……?」
その声に気づいた影狼が静かにこちらを向くと、黒髪の美しい若い女性の顔が見えた。一見眠っているようにも思えるが、首筋に二つの点。そしてそこからは鮮やかな血が流れていることに気が付いた。
「まさか……」
こちらを警戒し始めた影狼の牙には紫色の色素、その先から血が垂れている。間違いなく、これが噂の影狼だ。
「花さん、もしかして……」
「えぇ、例の影狼ですね。早く始末して女性を助けましょう」
二人は武器を構えるが、やはりどう対処すればよいかわからない。影狼からの攻撃を待つしかないのだが、もうそんなことはお見通しなのだろう。何もしかけてはこない。ふと、まつは花と目が合った。そして花はジェスチャーをし始めた。最初は戸惑ったが、しばらくしてそれが“能力を発動しろ”ということだとわかった。うなずくと、花はまた前を向いた。能力は発動したままでも集中が続かないと解除しているのと同じ状態になってしまう。深呼吸をして、心を落ち着かせると花の声が聞こえてきた。
『……すいませんまつさん。このような方法になってしまいますが、影狼をどう倒すか作戦を考えました』
(やっぱりすごいなぁ……)
まつは心の声を聴くことはできるが人へ心の声を話すことはできないので、その作戦を聞くばかりだった。幸い、花の作戦はわかりやすかったので心配ごとなくできそうだった。
『……それでは、お願いします』
プツッと糸が切れたような音を聞くと、さっきまで聞こえなかった葉が風に運ばれて地面にこすれる音が聞こえた。花は鉄扇を構えて影狼のほうへ突き進んだ。直前まで来て攻撃すると思いきや、その場でしゃがんで足に力をため、空中で雅に一回転した。着地する直前、花は後ろを見ながらいたずらに笑った。その後ろにいたのはまつだ。影狼の注意が花に向いているとき、まつは風のように走った。足でブレーキすると同時に小刀を振ったが、あともう少しの所で気づかれてしまい、歯で取られた。
(気づかれた⁉)
そしてその影狼は、ある場所へ走っていった。それはまつにとってとてもまずい状況だった。
数分前――
『いいですか。まず、私が影狼のもとへ走ります。そうすると影狼は私が攻撃してくるだろうと思って身構えますね。そこで私は避けるので、まつさんに攻撃をしてもらいます。学習能力が高い影狼でも予想外のことは対処しづらいでしょう。私が目配せをしたタイミングで動き始めてください。それでは、お願いします』
一方、避けた花は影狼が噛んだ女性の所へ行っていた。やはり首筋には二つの点、そして紫色の色素。これが人を影狼にする原因なのだろう。持っていた布を傷に当てながら声をかけ続けた。
「大丈夫ですか!」
すると、女性の目がかすかに開き始めていることがわかった。ひとまず安心していると、後ろから必死な声が聞こえた。
「危ないっ!」
はっきりと聞こえたときにはもう遅かった。後ろを向くと険しい顔をしたまつ。そしてその前には、大きく口を開けた影狼――。花は衝動的に言葉が出てきた。
「助けて……」
百人一魂は詠み手が女性であったり、女性の気持ちになって詠まれた歌は皆女性らしい見た目になります。




