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第二百二十二句

「ありがとう」

 梶の部屋に入り、黒マントから奪い取ったままだった銃を膝の上で転がしながら博士に電話をした。あまりに危険な扱いなので、着信を待っているときにいたみが取り上げてしかめっ面で梶を睨んでいた。二回目をかけなおしたところでつながった。どうやら、先ほどまで離席していたらしい。


 戦いの状況と銃のことを話すと、最初はなんとも楽しそうに笑い始めた。まったくあちらの状況が分からないので何とも言えないが、そんなに楽しいことがあったのだろうかと二人で顔を見合わせる。笑いがおさまると、食い気味に状況を説明しようとした。


『ははっ、いや、ごめんよ。梶君がいきなり慌てたように電話を切ったものだから何があったんだろうって思ったら、そんなことがね……。仲直りできた?』

「笑い事じゃ……でも、ちゃんと仲直りできましたよ」


 机に置かれ、スピーカーモードになってる画面へ顔を近づけていたみはそう話す。話は変わり、銃の話へとなった。博士曰く、わずかでも指紋などがあったら特定できそうとのことだった。もっと調べるために送ってほしいと話していた。梶の指紋もついているので、見分けがつくように梶に指紋を取ってほしいと言い残して電話を切った。


 こうなると、うかつには触れない。第一まだ弾が入っているので、引き金に指をかけて強く押すなんてしたら、たとえそれが奇跡だとしても許されることではなくなる。つまむように持ち上げ、事前に用意していた新聞紙を下に引いてから机の上に置いて発送の準備ができるまで動かさないようにしようとそのままにした。


 部屋を出るまでは二人とも切羽詰まったような表情で、息を止め、いちいち動きをゆっくりにする。音を立てずにドアを締め切ると、子供らしさがあふれた笑顔ではしゃいでリビングへ向かっていった。


「コラッ!」

「「すいませんでした……」」


 あくるに叱られるほどの子供具合でだ。


 リビングに戻ると皆がダイニングテーブルで団らんしていた。相変わらず、衛士が末にいじられている。


「ちょ、末ちゃん?なんか顔に書いてあるんだけど……犬?誰が犬だ!」

「フフフッ、冗談ですよ」


 さしもが、滝となほに話をしている。


「聞いたまえ、この前アイツが――」

「はいはい、それ何回も聞いたよー」

「まったくだな」


 半ば呆れられているようだ。もがなも部屋に入ってきて、いよいよ部屋はにぎやかになって来た。あくるは外に出ると言っていてしばらくは帰ってこないようだが、きっとすぐに来るに違いない。一見騒がしいようにも見えるが、これは共に戦っている仲間たちだからできることだ。どれだけうるさくても彼らにとってはかけがえのない時間だ。


 それを分かっていた二人はその光景をほほえましく見ていた。そこへもがなと話していた葎が近づいてくる。いたみと話し始めたので暇になった梶は、こっそりと部屋を抜け出して館の玄関を通り抜けて少しばかり肌寒くなってきた森を見回した。


 緑だった葉は風に吹かれて乾いてしまいそうだ。ふと、正面に人影が見えた。何かと思って目線を下ろすとなにか見覚えのある姿があった。今朝、ここで掃除をしていた時に絡んできた不良たちと同じ制服を着た学生だ。短髪で元気な印象がよくわかるが、それよりも目立っていたのは所々にある絆創膏や包帯だった。ひどいけがをしている。


 しばらく見つめ合ってから思い出した。先日商店街で不良に絡まれているであろうところから助けた少年だ。


(何しに来たんだろう。……もしかして、間違っていたのかもしれない。本当にただ遊んでるだけだったのかもしれない。謝らないと――)

「あの――」

「あのっ!」


 いろいろと謝りたいことがあったので話しかけるが、いきなり言葉をかぶせられた。何を言われるのかと緊張していると、少年は勇気に満ち溢れた顔を向けてきた。


「先日は、助けてくれてありがとうございました!」

「え……」

「あ、もしかして、人違いでしたか?先生に聞いてここに来たんですけど……」


 決して思ってもいないことを言われた。まだ混乱の方が勝っている。言葉を慎重に選びながらも恐る恐る返答をする。


「ううん、間違ってない。でも……俺は君に何も言わずにあそこから引っ張ってきて、本当に失礼な奴だよなって」

「違います!」


 少年とは思えない、強い声だ。はっとして前を向くと、その瞳には涙が浮かんでいるように見える。


「僕は、あいつらにいじめられて毎日地獄みたいだったんです。でもあなたはそれを救ってくれた!本当に人を助けたいと思っている人はとっさに体が動いちゃう、言葉を考えるよりも先に助けるって、先生が言っていたんです!」


 一つ一つが言葉に響いた。きゅっとなる胸を押さえ、今までの自分の未熟さに気づいて恥ずかしくなった。大きく呼吸をすると、少年の方を向いて笑った。


「ありがとう」


 嘘偽りない、心からの笑顔に少年は喜んでくれているようだった。ふと、後ろから声が聞こえた。いたみの声だ。呼ばれている。


「梶ー!ご飯できてるって!」

「はーい」


 本物のヒーローに言葉は必要ない、と言うよりかは、体が勝手に動いてしまうのだ。いつかはそんなことができる人になりたいと、梶は館を見上げた。



 平安中期編 参 《終》

明日は番外編を投稿します。明後日から始める次の章も投稿時間は変わりません。

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