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第二百二十一句

「なぜ報われないか……?」

 先程反対側へ突き進んでいっていたはずの梶が後ろからフードに掴みかかってきたことに対し、黒マントはさぞかし驚いたことだろう。思わず木の上から落ちて腰を強打したほどだ。


「馬鹿だな」


 よく見ると所々に葉がついている。黒マントは後退りをしながらも梶の話に耳を傾けた。


「今まで、俺の能力で道を改変してきた。ただそれを変えて道を挟んだ二つの森をつなげてお前の後ろに現れるようにしただけだ」


 先程止まっていたのは能力の使用場所を変えるためだ。よくできた作戦とは思っていたが、まさかこんなに驚くとは予想外のことだ。状況を理解した黒マントはなんとか逃げようと足を起こして後ろを向く。だが、後ろには木々が複雑にそびえ立っている。梶に味方をし、動きを阻んでいるようだ。


 耳元で風が早く通る音と共に槍の穂先がフードへ突き刺さった。幹まで貫通して止められたのに加え、足で幹を蹴って完全に逃げ場をなくしていく。フェイスベールの下の鬼の形相が嫌でも伝わってくる目元とにらめっこをしながら低い声で囁いた。


「今から言うことに従え。騙したらこの槍をお前に当ててやるからな」





 いたみははっとして目を覚ました。空にはまだ満天の星がある。しばらくそれを眺めていると、いきなり上の方には影がかかっていた。肩を震わせながら影のある方向を向くと、梶が座っていた。


 頭についていた葉を指摘すると、小恥ずかしそうに髪を探って地面に落としていた。周りを見渡すと黒マントはおらず、だいぶ久しぶりに感じられる風景が広がっていた。梶が能力を解除したことによって遠くに森の入口が鮮明に見える。


 そして、一番気になっていた黒マントのことを聞いた。「あぁ、そうだった」と、まるで他人事のような口ぶりで話し始めた。


「井戸に帰ってもらったよ。仲間と一緒に」

「えっ!?でも、せっかく追い詰めたのに」


 その言葉に一瞬瞳が揺らいだ気がした。やはり、少しは見逃したことへ心残りがあるのだろう。でも梶の顔は曇りが少なく、すぐ話を進めた。


「いや、いいんだ。俺が能力を解除すれば自由に逃げられるし、どうせ捕まえて姿見の前まで来ても井戸に引き込まれるかして俺達が一方的に傷つくだけだよ」

「でも……」


 そこまで言いかけたときに思い出した。あくると滝の戦いのことだ。確かに姿見の前まで来れたとしてそこから無事地引き渡せる保証はない。梶なりの配慮だったのかと納得した。


「そっか。梶は仲間思いだね」

「え、はっ?」


 思いがけずでてきた言葉に隠しきれない照れを察知し、そのままいじりが始まった。顔を合わせてくれない。やがて、腹が痛くなってきたので一度落ち着いて二人は深呼吸をした。しばらく顔を見合わせたあと、いたみは冗談混じりな口調で言った。


「ごめんね。あんなこと言って」

「いいよ、本当のことだし」


 返事もまた冗談混じりだ。仲直りをした頃には、二人とも何で喧嘩をしていたのかを忘れていた。立ち上がって歩く二つの背中は、今までよりもずっとたくましく見えた。





 怪我の大きさと様子がまるっきり間逆な二人を見て、白菊と、特別医務室にいたものやとまだきは驚愕していた。弾を取り除いている間にも鳴り止まない会話に、楽しそうな雰囲気がこちらにも伝わってくる。


「まだき君も仲良くしよーよぉ」

「残念。私にその気はない」


 一方であちらには見えないはずの火花が散っている。白菊は、疲労がいつもより多くなることを覚悟して治療を進めたとか。


 治療も終わり、服を持って医務室から出ようとしているときだ。梶は袖になにか違和感を感じたようで探り始めた。やがて出てきたのは――銃だ。弾丸は少しだけ入っているがかなり軽量だ。一気に雰囲気が凍った医務室の中でただ一人、梶だけが当然かのように話す。


「あ、忘れてた」


 どうやら、黒マントから奪い取ったものをそのままにしていたらしい。事情を話すとすぐに博士に話したほうがいいということで、二人は携帯を取りに医務室を飛び出した。

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