第二百二十句
「彼は特別なんだ」
梶ははっきりと見えた。顔を上にして黒マントのマントの裾を持ったまま停止するいたみを。思わず立ち上がって近づくと、なんと白目をむいて気絶しているではないか。だが、黒マントは逃げようとしない、と言うよりかは逃げられないという方に近かった。
(まさか……)
両者を引き離すように何回も引っ張ったが、どうやっても無理だ。いたみは気絶した状態でも力強く裾を握っていた。それほどの意志があるということだ。黒マントが手足をじたばたさせて周りへ乱射するのを避けながら試行錯誤したが、結局いたみは起きず、手もそのままだった。
『梶、梶!しっかりしてよ!』
自分が撃たれたときに発された言葉から、相当焦っていた。今までの言動からもそうだ。いたみは友達を大切にする人だ。今回戦いに行くのを止められたのも、その思いからだろう。喧嘩したのは、その解釈が少しずれただけだ。
(俺、本当に仲間に恵まれてるな。……仕方ない)
込める力はいつまでも一定とは限らない。完全に緩まる前に、黒マントを倒さなくては。ちょうど足元に落ちていたハンマーを拾い、フードに殴打部分を乗せて押さえを増やした。銃口が向く。まずはこの銃を取り上げなければいけないという直感が走って必死に銃口めがけて体を前のめりにした。多少の脇腹の痛みも、スカーフが温かく和らげてくれる。
目をカッと見開いて銃口を覆うように手を当てると、当然だが弾が手のひらを貫通していった。だが、指先の力がどうやっても銃身を離さない。大量出血になる前に取り上げ、持っていないほうの手で代わりに槍を向ける。手のひらがじんじんと熱くなり、やがて痛くなったが休まずに穂先が背中の後ろへ来るように回転させて顔に直撃させる。
片手で顔を押さえ、こちらを睨むような動きを見せてからフードを片手で押さえ、無理やりハンマーから服を引き離す。フードが破けた。視線を下に落とし、後頭部でもいいので少しでもその姿が見たいと思ったが、すぐに顔がこちらに向いてきて見ることはできなかった。いたみが必死に押さえているところも破り、自由になった黒マントは梶の手にある銃を見るや否や正面から突進してきた。
特に焦った様子はなく、銃を懐へしまって槍を構えると殴り掛かってきたところを滑るように避け、背中を向いたところで柄の先で背中を一突きした。体勢を崩してもなお、背中にかける圧を変えずにいたため黒マントは土をぐっとつかんで耐えている。裾を踏んでいたことで逃げることがさらに難しくなったのだろう。
柄に手を置かれて強い力で押し出されたかと思えば、なんとそのまま折られてしまった。一番初めの戦い方使っていたものだ。ちょうど傷がよくついているところだったので、古くて耐えられなかったのだろう。一度距離を置いて腹に巻かれたスカーフの結び目から出ている余りの部分をちぎると、折れたところへ巻き付けて接合してその上から持った。
あくまで応急処置なので、またいつ壊れるかはわからない。だが、なるべく黒マントを追い詰めるのには武器を使いたいと思ったのだ。まだ目覚めない仲間の横で、両者の戦いはさらに激化していく。空けたはずの間合いに素早く入ってきて両腕の隙間にはまる勢いで顔を近づけてきた。曲げられた膝に乗って一回転し、後ろに行く。だが、側にあった木を伝ってその上へ避難された。さらに上へ行くには時間がかかり、それまでに逃げられる可能性もある。
どうしようもなくなってしまったと一度は思った。だが、すぐに顔を上げてその輝かせた目を黒マントに見せる。必勝法が見えたのだ。しばらく目を閉じて、眉間にしわを寄せながら止まっていた。大きくひらいている道を挟んだ向かいにあるもう一方の森へ行き、その中へずかずかと進んでいく。
黒マントは、それが何をしているかは分からなかった。追いかけてみようかと一歩前を踏み出す。だが――首がつっかえる。何かにフードが引っ掛かったようだ。後ろを向くとそこには、青年の鋭い目があった。




