第二百十五句
「本当に厄介だ」
信じられなかった。相当大きな気配だとしたら、いたみ一人では太刀打ちできないだろう。部屋を飛び出しながら電話越しの博士へ叫ぶように言った。
「博士、やっぱり行きます!」
『わ、わかった!』
急いでいる様子が声だけでも伝わったのだろう。圧倒されながらの承諾を聞くと、電話を少し乱暴に切って姿見の部屋へ行った。ドアノブを掴んでももう迷ったりはしない。映し出されている渦の中へ突っ込むと槍を取り出し、ひたすらに前を見て走った。危険にさらされているであろう友達のもとへ向かうために。
いたみの前へ現れたのは、黒マントだった。しかも一人ではなく、三人いる。一人は真正面に、一人は木に寄りかかり、もう一人は木の上でこちらを見下している。スカーフの裾を握って必死に怖さを紛らわせようとしたが、いつの間にか一人が後ろに来ていた。肩をそっと触られて鳥肌が立つ。
頭がどれほど策を考えようと体が動かない。だが、一種の反論として倒れている黒マントの裾は離さないようにしていた。銃を構える音が所々からした。緊張感が走る中で能力を発動させ、引き金が引かれる瞬間には先ほどまではなかった刺すような目をしていた。
弾が発射される寸前に両腕の力を最大限にして手を裾から首元のフードへ移動させ、力で黒マントの体を起き上がらせたのだ。予想外の行動に後ろへいたものの弾道が微かにずれる。いくら冷酷な者たちとは言えど仲間を撃つことはためらうだろう。
前二人の弾は能力によって跳ね返される。驚いた様子がマント越しからもよくわかった。もう倒れている者はどうしようもないので、まずはこの三人の動きを止めることを優先しようとした。ハンマーを取り出して低姿勢で突っ込んだ。狙うは足元、一方の脛の側面へ軽く柄を当てると、殴打部分を前から後ろへ押し出し、上をハードルのように体を縮こませて跳ぶと腰から着地しながらも脛へ当てることができた。
さすがは弁慶の泣き所と言ったところだ。同時にしゃがみ込んだところを狙い、柄を下向きして自分の背中へ当て、振り下ろそうとした。だが、それと同時に来たのは脇腹への痛みだった。怪我して時間もたっている。そろそろ止血されていてもよい頃だろう。だが、なぜ今更になって痛みが来ているのだろうか。
(――なるほどね)
下を見たときの表情は絶望するでもなく、むしろ微笑んでいた。脇腹にあった傷へ弾が命中しているではないか。発砲音のした方を向くと、最初に後方へいた一人が顔の前で銃を構えている。いきなり殴られたら壊れてしまうだろうかという心配から能力は発動していなかったが、一番最悪な事態に遭遇してしまった。だが、起ってしまったことは仕方がない。体を硬化させて弾を除き、その上からまたスカーフをちぎって巻く。
いきなり視界が上へ行った。着地した先が黒マントの背中だったため、起き上がる力を取り戻して起き上がられたのだ。何かを仕掛けられる前に背中を一蹴りして距離を離す。森の入り口を塞ぐように立ち、呼吸を整えることもせずにハンマーを構えて全速力で三人のそばを駆け抜けていった。特に攻撃はしていないが、背中側に来たことであちらの行動は遅れる。
柄の先端を一番手前にいた者へ当て、瞬時にしまって肩を持つと目を合わせながら大回りする。前方へ着地してから顔めがけて拳を突き出すと左手で止められ、その代わりのように額に銃口が触れた。背中を反らせて避け、両手を地面につくと勢いよく足が出て顎へ直撃させた。後ろへ向いた顔が銃を構えている二人を認知する。
後ろにいる黒マントはしばらく動けないだろう。二人へ顔を向け、両手を上げて何も持っていないことを示す。だが銃を下ろしてくれそうにはない。引き金に力がかかる音がするとそばにあった木に隠れ、その場で身をひそめた。
音はわざと大げさに出し、注目をそこへ向けたところで静かに枝を伝って少し離れたところへ移動した。ここから素早く後ろへ回って攻撃をすれば一撃で仕留められるだろう。いつもの低姿勢を取り、走り始めようと足の裏に力を溜める。だが――。
「なっ……」
なんということだろう。銃口はこちらに向いているではないか。頭が一気に真っ白になったところで、同時に二つの引き金が引かれた。




