第二十句
「じゃあね、松風、村雨」
「僕は歩いているとき、 “声”を聴いたんです。『助けて』と言っていました」
まつは今までのことを話し始めた。最初は動揺していた花も話についていけている。
「周りに人がいるのかと思っていたんですけど、違ったんです。思えば僕は能力を発動してから解除していないんです。よくやってしまうことなんですけど……もしさっきの声が心の声だとしたら、それは近くにあった花さんのものとしか考えられないんです」
「……何が言いたいんですか?」
花の柔らかい雰囲気が凍てついた。それでも、ここまで来たら言わなければいけない。
「花さんは……本当は助けてほしかったのではないでしょうか。この怖い場所から逃げたかったんですよ……多分」
言葉がうまく出ない。声がだんだん小さくなり、とうとう無言になると花は大きく目を開いた。
「違うっ!私は完璧なんです!」
(完璧じゃないといけないのに……)
「人にそんな弱音を吐いてはいられない!」
(どうやって言えばいいの?)
言っていることと心の声が交差していく。聞いていて胸が苦しくなった。
「花さんは自分が気付いていないだけで本当は助けてほしいのかもしれません。だから……」
「まつさん後ろっ!」
自分から目線がそれたと思うと、花はいきなり大声を出した。戸惑いながらも後ろを向くと影狼が何匹も集まっているではないか。まつが鉤縄を構えようとしているときにはすでに花が前線に立った。
「まつさん!先ほどのようにサポートお願いします!」
「でも……」
話している暇はない。歯を食いしばって言葉を飲み込むといきなりバチンと音を立てた。花が振り返ると、片頬が赤く腫れて普段は全く見ないような恐ろしい形相をしていたのだ。まるで影狼に取り付かれたかのようだ。
「まつさん……どうされて……」
「どうしてだと思いますか」
同じ人物とは思えないほど低い声が聞こえる。それを聞いた花は今まで自分より背の小さかったまつが大きく感じられた。そこからは何も言わなかったが、影狼と戦いながらも後ろにずっと怖い気配を抱えていた。影狼は実に学習能力が高い。同時にまばらなところから襲ってきたと思うと空中で位置を変えてこちらを錯乱しようとしてくる。勢いよくしゃがむと鉄扇を右下で広げ、手首から肘にかけての筋肉に体中の力をためると左下へ扇形に手を動かした。角度もあってよくは見えなかったが、四、五匹の影狼の腹に鉄扇が入っていった。力を入れたこともありあまりの速度だったので、鉄扇と地にその赤黒い血はつかなかった。
(まつさん、いったいどうされたのでしょうか……)
まつは後ろからの枝が折れる音を聞き逃さなかった。振り返るとやはりそこには大量の影狼。しかもかなりこちらを警戒していたので、一歩でも近づいたら怪我をするのは当然だ。だが、そんなことは今どうでもよかった。なぜなら彼は怒っていたからだ。花は自分の本音を隠し、誰にも助けを求めない。そんなの自分を殺しているのに等しい。句能力があるからこそできることであり、正直自分でもお節介だとわかっていた。それでもまつは花が自分を殺していたことが悔しかった。
(ただ“助けて”と言えばいいのに……言ってはいけないルールなんてどこにあるんだ!)
鉤縄は影狼を囲んだ。だがまだ地に乗った状態なので影狼は気にしてもいないだろう。小刀を出して前に進むと、影狼は上へよけると同時に牙をむいてきた。すかさず左手をを上に出して軽くジャンプしながら影狼の口をふさいだ。そこから上半身を回転させて小刀で畳みかけると、じたばたしていた影狼は切り口から灰になり始めた。残りの影狼はそれを見て一気に襲い掛かったが、鉤縄を勢いよく引っ張るとまとめて拘束され、一網打尽にされた。
(僕もこれくらいはできるんなけどなぁ……)
まつは普段のやらかしを思い出して、ため息をついた。
いつも観覧してくださり、ありがとうございます!
最近はキャラクターデザインの服のレパートリーが少なくなってきたので焦っています。




