第二百三句
「ほら、耳を澄ませてごらんよ」
黒マントへ変身した影狼へ突っ込もうとした滝は、いきなり足を止める。幸い、体幹はそこそこあったので何とか倒れずに済んだ。懐にある小型無線から砂嵐のような音がしたのだ。取り出そうと目を離したところを狙ってそのまま攻撃をしようとしたが、滝はいつの間にかその下をすり抜けて後ろへいた。
まるで何もいないかのようにゆっくりと歩いてあくるの声を聞き、不思議そうな表情をしながら返事を返した。再び無線を懐へしまい、再び襲って来た影狼に大きく回し蹴りをした。頬のあたりへ直撃して体の側面を強打させながら倒れる。まだ体力は残っているのだ。次々と来る攻撃をかわしては武器を使わずに倒してゆく。
いつの間にか影狼は自ら身を引くようになっていた。だが、それを逆手にとって滝が接近してくるたびに同じくらいに下がっていく。そのたびに後ろを向いては滝の動きが来る大体の位置を把握し、避けていた。目的は目線ですぐにわかる。山積みになっている人々を見ているのだ。滝から離れるということは同時に仲間を増やすチャンスにもなる。低姿勢で一気に加速し、間合いに入ると影狼たちも同じ速度で近づいていった。
後ろを向いたその時、滝は正面にいた影狼の腹を蹴ってなるべく低く空へ舞い上がる。顔が同時に前へ向くなんとも面白い光景を見ながら、再び人々の前へ盾のように立ちはだかった。着地する際には目の前のものにかかと落としを食らわせている。完全に武器である弓矢は使えない距離になった。だが、滝の顔は矢じりを的に合わせる時よりも真剣な顔をしていた。
(僕の後ろには守らないといけないものがある。絶対に、絶対にだ)
前に出た以上、責任は全てこちらが握っている。急に向かい風がなくなり、周りから音が聞こえなくなったことで自分の手の震えに気づいた。影狼は再び、大きな輪になる。少ない分隙間はあるが、一人一人にかける時間が増えるとその間に接近される。なるべくここから動かずに、周囲に気を付けて戦うことを今のうちにしっかりと頭に叩き込んだ。
木の後ろからの気配が大きくなる。すかさず後ろに目をやって影狼が人々に手を伸ばしていることがわかった。大木の幹に足をつけて後ろに飛び出し、右足を目いっぱいに伸ばして顔へ蹴りを喰らわせる。体を半回転させて幹をしっかりつかむと、左足でさらに追撃した。
後方にいるのはおそらくこれで全てだろう。そのまま大きく回って前方へ戻る。勢いで一人をなぎ倒すと着地するあえに弓矢を取り出して素早く構えた。腹から息が抜けていく。追い風が背中を押す。それに乗った矢は滝が思ったよりも早く影狼の胸へ行った。
後ろに倒れているところへ片手を当てて飛び箱のように跳んでから矢を構える。それも二本同時にだ。角度の違うそれぞれは影狼たちにかすりもせず、足元に落ちた。だがその後に油断したのはあちらの最大の間違いだった。顔を上げると合わせた両手を背中へ持っていき、太陽を隠すようにして降りてくる姿があったのだ。頭に大きく一撃が入る。
決して着地を挟まずにその後ろへ続いて攻撃をしていく。手の側面から血が出るほどに強く当てていたため影狼はその一発で倒れていった。一度全員が倒れたときに、念のため矢を刺したがそのまま灰になっていった。血まみれの手足に手当ても施さずに滝は来た道をさかのぼっていった。
(お、いたいた)
少し戻ったところにいたのは、見覚えのあるコートを上に掛けた女性だった。毒は丁寧に抜かれていてもう一度影人である可能性は少ない。一人でいては戦いに巻き込まれてしまいそうなので抱きかかえ、皆がいるところへ運んで丁寧に下ろした。腰の痛みを何とか回避しながら立ち上がるとコートを取り、右手へ持って下駄をはいた。
手も足も、全身が凍ったように痛い。だが、自分に課せられたことをやり遂げるために滝はあくるのもとへ走った。
こちらの手違いにより、一時間早く投稿してしまいました。いないと思いますが混乱した方には申し訳ございません。




