第十八句
「この美しさも最後は衰えてしまう……」
『あー眠いな……』
『えっと、あと買うものは……』
『あれ、あいつどこ行ったかな……』
周囲の人の心の声が聞こえる。まつはよく耳を澄まして大量に流れ込んでくる言葉の一つ一つを聞き取った。
『ここに良い人間はいないな』
突如聞こえてきた低い声に真剣な顔になった。きっと人間に化けている影狼の声だ。すぐさまあたりを見渡すと、周りをきょろきょろしている若い女性に目が行った。普通に人を探しているようにも見えるが、瞳が赤い。その鮮やかな赤は影狼にしかない色をしている。女性はそのまま町はずれのほうへ歩き始めた。
(逃がさないようにしないと……!)
ゆっくり後ろからついていくと、突然膝に何かの感触がした。驚いて後ろに倒れると、それはその反動でまつの上に乗っかってきた。ゆっくり目を開けるとそこには――小学校低学年ほどの少年がいるではないか。ずいぶん古そうな着物を着ている。きっと、家が貧しいのだろう。
「あっ、ごめん!大丈夫だった?」
「うん。お兄さんは大丈夫?」
まつは先に立った少年に手を差し伸べられた。その優しさに、思わず泣きそうになる。
「ありがとう……」
「うん、気を付けてね!」
男の子は手を振りながら人混みに消えていった。しばらく先ほどまでのやり取りの余韻に浸っていたが、影狼のことを思い出すと慌ててその方向へまた走り始めた。
(やっと抜けられた……)
長い人混みが終わり、目の前を見るとそこには桜の木が並んでいた。まるで自分を待っていたようだ。心奪われるような風景の中、まつはあの赤い目が見えた。すぐさま武器である鉤縄を出して構える。そして影狼が見えた桜の木を見つめると――影狼ではなく木の幹に縄をかけた。ちゃんと固定されていることを確認すると近くにあったもう一つの木の幹に両足をそろえて乗った。縄を限界まで引っ張り、それを離すとその衝撃でまつの体は大きく空へ上がった。
(よし、あそこだ)
上がった瞬間の物音かなにかでもう一つ後ろの木に逃げた影狼を見ると、懐から小刀を出して体重で下に降りて行った。空中で位置を調節しながら降りて、小刀を影狼の背中に突き刺した。影狼は短く悲鳴を上げてからパラパラと音をたてはじめた。
(やっぱり何回見ても慣れないなぁ)
自分たちにはちゃんとした使命があるものの、やはり戦うことは難しい。まだ周りにいるかもしれないので探索をつづけた。しばらく桜並木を歩いていると、いきなり背中に悪寒が走った。
(後ろに……誰かいる?)
小刀を持ち、後ろに振り返ったときだった。顔を覆うくらいに大きく口を開けた影狼がいたのだ。驚きのあまり反射的に足が後ろに引き、かすり傷もつけられなかった。距離を開けるとおよそ十匹ほどの影狼がいるではないか。
(さっきのは囮だった⁉)
一気に倒すのは無理だ。まつはかすかに体が震えはじめた。
(誰か……たすけ……)
そう思っていると、一匹の影狼から悲鳴が聞こえた。目を開けるとそこには灰になっていく影狼と桜模様の扇があった。鉄でできており、所々に金箔が光って見える。
「花の色は……移りにけりな いたづらに」
今度はどこからか和歌が聞こえる。周りを見渡すと、一番大きな桜の幹の上にさっきの少年が座っていた。
「君ってさっきの……」
「やっぱり、ここにいたんだ」
男の子は立ち上がってまつに笑いかけた。
『わが身世にふる ながめせしまに』
下の句を言った途端、強い風が吹きはじめて大量の花びらが少年を隠した。まるで、まつと引き離すように――。
「……あ、まさか……!」
「そのまさかですよ」
そう言ったのは少年ではななかった。いつの間にか、目の前に花がいたのだ。
「花さんの句能力だったんですね……」
花の句能力:幻覚を見せる
音もなく木から着地した花は、鉄扇を拾うとまつの所へ駆け寄った。
「まつさん、大丈夫でしたか?」
「はい……花さんは今までどこに?」
花は扇で口元を隠すとくすくす笑った。
「実は……ずっと後ろについていたんですよ」
「えっ?!全然気づきませんでした……。でもなんで……」
そのすきを狙い、残りの影狼が飛び掛かってきた。会話を切り上げ、まつは鉤縄を大きく投げて数匹の影狼を拘束し、花は踊るように鉄扇を振る。扇を閉じると同時に影狼は次々と倒れていった。その光景におびえた様子のとらえられた影狼を見て、花はにっこりと妖艶な笑みを浮かべた。
「さて、残るはあなたたちだけですよ。最期くらい美しくいましょう」
両側から迫ってくる小刀と鉄扇に、影狼は狂気を感じた。
影狼の容姿は、
・全身黒色の狼
・目は鮮やかな赤色
・牙が鋭く、噛まれると銃で撃たれたくらいの痛みを感じる
です。今まであまりよく説明しておらず、申し訳ありません。




