第一句
『お前は……俺の友達じゃなかったのかよ』
ここはある山奥にある大きな館。
ここでは、百人の青年たちが楽しく暮らしている。
「夏来君、なんで君は皆と買い物に行かなかったのかい?」
通称:露
管理番号:001
主:天智天皇
夏来と呼ばれた小学校高学年くらいの少年は、茶のみを持ちながらきょとんとした顔になった。
「そういう露さんだって行ってないじゃないですか!人のこと言えないですよ」
通称:夏来
管理番号:002
主:持統天皇
「僕は疲れてるから。でも君、見るからにとっても元気そうだよ?」
「……もう女の子と間違えられるのは疲れました」
夏来はワイシャツにネクタイ、羽織と大人っぽい恰好をしているが、それ以上に肩まで伸びた髪と何より笑った時の顔が目立つので本人にとっては逆にコンプレックスのようだ。疲れている夏来を他人事のように見つめていると、突然浴衣の懐から音がした。どうやら電話が来たみたいだ。
「ちょっと外すよ」
「わかりました」
『やあ露君。元気?』
「こんにちは博士。えぇとても元気ですよ」
電話の向こうから聞こえたのは、あの博士の低い声だった。
「どうされたんですか?」
『今、家に誰かいる?』
「僕と夏来君が。他のみんなはお買い物に行きました」
『君たちも行けばよかったのに』
残念そうに言う博士に露は少しの罪悪感を感じた。
「夏来君は女の子と間違えられるのが嫌と。僕は……もう年なので!」
電話からしばらく声が聞こえないと思ったら博士は笑い出した。
『フフッ……おかしいな?私は君の主の血気盛んなところをコピーしたはずなんだけど?』
「それは主が若いときのことでしょう?」
『中大兄皇子……大化の改新の中心となった人物だね。聖徳太子が亡くなってから暴れはじめた蘇我入鹿を倒したんだよね。そこから彼は蘇我家を滅ぼしていった』
「……博士、話がそれていますよ」
露は先ほどと変わらない口調で言ったが、その顔にはどこか哀しさというか、怒りというのか、表しようのない感情が込められていた。
『あぁ、ごめんね。それで本題。仕事を頼みたくて』
その言葉を聞いたとたん、露の目が少し開かれて少し楽しそうな表情になった。まるで遠足を待つ子供のようだ。
「そういうことならもっと早く言ってくださればよかったのに!」
『夏来君も一緒にね』
「えぇ、えぇもちろんですともっ!露にお任せください!」
『それじゃあ頑張ってね』
「はぁーい」
電話から戻ってきた露を見て夏来はぎょっとしていた。やはり見慣れていても普段との違いが大きすぎて頭が追い付かない。
「露さん……なんであなたはそんなに楽しそうなんですか」
「だってたくさん動き回れるんだものっ!どれだけ自由になっても怒られない!しかも人の役に立てる!そんな好条件なもの他にないじゃないか!ンフフフフフフフ……」
「やめてください怖いです。もしかしてこのために家にいたんですか?まったく……」
露は今まで着ていた浴衣を脱いだ。すると中から全身黒色の袴が出てきた。所々につぎはぎや破れている箇所があり、相当使い古していることがわかる。
「もういい加減その服捨てましょうよ」
「いやだよ、これが一番着やすいの。新しいのは値段も高いでしょ?」
「そういうのは値段より質なんですよ。というか露さんお金たくさん持ってますよね?」
そんな他愛のない会話をしながら二人がたどり着いたのは電気の付いていない暗い部屋だった。床には無数のコードがあり、たくさんの謎の機械がつながれていた。その中央に大きな姿見があった。枠が木彫りでできており、模様が精巧で美しい。よく見るとこの鏡の後ろにさっきの無数のコードがすべてつなげられていた。まるで鏡に吸い付けられていったようだ。
「よし、行こうか」
「はい。なるべく早く終わらせましょう」
露が鏡の中央に手を当てるとまばゆい光を放ち、いままであった自分たちの姿が消えて代わりに禍々しい渦が回っていた。
ここはある山奥にある大きな館。
ここでは、百人の青年たちが楽しく暮らしている。
だがそんな彼らにも使命があった。
博士が見つけた“アイツら”を倒し、自分の主とこの時代を守ること――
「毎回思うけどこの渦、気持ち悪いよね」
「早く入ってください」