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第百八十八句

「もう、だめかもしれないな」

 影狼たちは明らかに動きが鈍くなっていた。なほを見るとうまく黒マントを追い詰められている。恐らくこちらに目を向ける余裕はないだろう。口角が上がるたびにさしもの炎はどんどん大きくなっていった。


(初めて知った、楽しいって気持ちは背中と指先に来るのか!あぁ、いい発見をしたな)


 気持ちの溜まる場所はそれぞれ違う。怒りは鼻と喉の奥、悲しみは目の下、羞恥は顔の周りと手のひら。今までそんな感情で補ってきたが今回は違った。心から楽しく、この戦いをしているのだ。自然と足が動く。体が軽くなる。火力は徐々に増して影狼に近づいていった。だが、あからさまな動き方だったためすぐに見破られる。直前で左右に散らばったと思えば背中をとられ、弧を描くようにして後ろから足が伸びてきた。


 だが、それでも彼の“楽しい”という気持ちは終わらない。両手をクロスさせ、指でしっかりと肩を押さえると背中が大きく震えた。それに伴ってさらに口角を上げると背中が一瞬にして焼野原のように燃え盛った。それがどんどん広がり、そこへ影狼の足がつく。あっという間に燃え移った。頑丈な靴には見えるが、所詮どれも影狼の皮膚だ。


 地面に火元をこすりつけ、あっという間に消火されたが相当ダメージはあったようだ。少しずつ、足先から灰になりかけているものもいる。あと一息だ。もう一度近づこうとしたときにふと足を止めた。先ほどまでは三人だったはずなのに、今は二人しかいない。強い気迫を感じて振り向くと硬い靴の角が頬にめり込んだ。思わぬ強さに体が半回転する。


 両手を地面につけて何とか支えたが、蹴りを入れたものはもう遠くにいた。いまさらどう攻撃をしたって避けられるだろう。


(油断していたな、うかつに近づいても効果はない)


 目標は近いはずだが、どんどん遠ざかっていく。すれ違う無数のそよ風がそれを一層高めた。左肩にも髪の感触がある。三つ編みがするするとほどけているのを見てはっとした。薙刀を短く持ったと思いきや左手でなびいていた髪をしっかり掴む。


 一切の躊躇なく毛先から十センチメートルの髪を切った。あまりの勢いだったので左手にも切り傷がつく。追い風が止まないうちに毛束を手から離して息を吹きかけると炎を纏い、更に加速した。


 訳の分からぬ作戦に避けることもできず、偽物のマントの裾や袖口に着火した。一つ一つでは小さい攻撃でも集まったらどうなるだろうか。苦しそうにもがいているところへ薙刀を大きく後ろへ引いて前に振り出す。長く持たれた柄は決してぶれることなく振りかざされた。


 右から左への一瞬の動きだ。だが刃が左で止まったときには腹に深く、大きな傷がついていた。赤黒い血が出たと同時に切り口から崩れている。ようやく倒すことができたのだ。


『さしも知らじな 燃ゆる思ひを』


 能力を解除すると一気に力が抜けた。だがまだ戦いが終わったわけではない。目を向けたのはなほの方だ。険しい表情でただ逃げているだけだ。人のことは言えないがらしくない。


(手伝うべきか、いや、また心配をかけてはだめだ。ならせめて……)


 なんて声をかけたら良いのかわからない。ふと手元を見ると、震えているではないか。それですべてを悟った。


「なほっ!能力を使え!」


 気づいたときにはそう言っていた。振り向いた顔は一層険しさを増している。不安がこちらにも伝わってくるほどだ。だが負けじと話を続ける。


「さっきのはただの例外だ!いつもの君は自分を理解して、ちゃんとそこに見合った行動をしているだろ!いつもの自分を取り戻すんだ!」


 一気に目に光が入る。こうなったなほはちゃんとやってくれることをさしもは知っている。真剣な表情となって屋根から着地したかと思うと自慢げな笑いを見せた。

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