第百八十七句
「早く夜がくればいいのに」
なほが連射したとて効果があるとは限らない。何発かはかすったが決定的な一発は撃てなかったようだ。間合いの近さを利用し、黒マントも何発か連射した。やはりフルオートだと速さが格段に違う。後ろに引いているはずなのに攻撃は積極的だ。塀を伝って高い方へ駆けあがりながら移動のテンポを速くし、一気に距離を縮めた。
塀が途切れ、勢いで宙づりの姿勢になるとまっすぐフードを狙った。まるで留め具をつけるかのように、倒すというわけではなく、動きを止めることを意識して撃った弾丸たちはフードを貫いた。その風圧でマント全体が後ろへ引っ張られる。思わずその素顔があらわになりそうだった所を必死に押さえ始めた。
これで片手は使えない。先ほどの勢いが余って体の向きが反時計回りに九十度回転し、着地する前に風圧で形の浮き出ている足を狙った。連射をしたため弾はあまり使えない。それでもなほの目にはどこを狙うべきかが分かっていた。右足のふくらはぎの中心部分――。真正面から狙って打つと肌を滑るように曲がってかすれていった。右半身を強打しながらの着地だったがあちらのダメージに比べたらどうってことはない。
すぐに立ち上がり、体勢を立て直すと一度屋根の上へ避難して残弾数を確認した。残りは少ないがマガジンが大量にある。ひとまず残りを適当に撃って時間稼ぎに使い、新しいマガジンを取り出した。
(あっちのダメージは相当大きい。時間の問題だ)
視界の端にいる黒マントは足を押さえこちらを向きながら銃を構えている。すぐに避ければ問題はないだろう。マガジンをセットしようとしたとき、引き金の推される音を聞いて瞬時にしゃがんだ。うまく避けられたと思ったが、手元にあったマガジンには大きな穴が開いていた。
「なっ――!」
完全に読みが外れてしまった。黒マントは最初からマガジンを狙おうとしていたのだ。もう一発が放たれようとした瞬間に目の前にあった建物へ移り、新しいものを取り出すが完全に先ほどのことがトラウマになってしまった。視界が何往復にもわたってライフルと相手の銃口で揺らぐ。
足の痛みが引いてきたようで、あちらからの攻撃が激しくなってきた。装填できるタイミングがつかめずに逃げ回る。いろいろな考えが頭の中を巡った。能力を使えば良いと思うだろうか、しかし今のなほにとって能力は呪縛のようなものに近い。守ろうとしたものを逆に傷つけてしまった元凶そのものなのだ。
(なるべくなら使いたくない……あぁ、この小心者が)
ただひたすらに黒マントの弾切れを待つ。何回も屋根を飛び移ってそれを願った。だが、そんなこちらの意図をくみ取って行動してくれるような連中ではない。確かに銃口は向けているが、一発も撃っていないのだ。恐らく、こちらから攻撃を仕掛けないと動いてくれないのだろう。
ひそかに鼓動が高鳴る。どうしようもなくその場で止まり、下をうつむく。ただ茫然と黒マントを見つめることしかできなかった。だがそこに、一筋の声が聞こえてきた。
「なほっ!能力を使え!」
必死になっているその声は先ほどよりもボロボロになったさしもだった。どうやら影狼は倒したようで、まっすぐこちらを見ている。
「さっきのはただの例外だ!いつもの君は自分をよく理解して、ちゃんとそこに見合った行動をしているだろ!いつもの自分を取り戻すんだ!」
(いつもの自分……か)
胸をぐっとつかみ、戦う時の真剣な表情へと早変わりした。後ろからの追い風が吹いた瞬間に黒マントは再び塀に張り付けられた。先ほどよりは苦しくないが、すり抜けられるほどの弱さではない。ふわりと着地したなほはマイペースに装填を済ませて銃口を向けた。
「いやぁ、よく調節できたよね。お前らへの怒りだったらもっと強かったんだよ?じゃあ今は誰への感情だって?」
少し距離を離してからライフルを両手でしっかりと押さえて微笑んだ。
「自分への怒りだよ」