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第百八十五句

「お前を許すはずがない」

 最初に攻撃を仕掛けてきたのは黒マントの方だった。さしもが真正面に来たというのに使ったのはその後ろにいた影狼だ。一気に後ろから襲い掛かってきた影狼に気づくと姿勢を低くして避けると頭上に来たタイミングで自分の口を両手で囲って深く息を吐いた。


 今は火力が弱いが、息を多くすることで多少は強くできる。細く長く伸びた炎は影狼たちの腹に当たって燃え移った。そこから瞬時に地面へ手を付けて両足を上げた。勢いに加えて足から出ている炎が一層動きを早くしている。焼けて一部が欠け始めている影狼の山に腰を下ろし、余裕のある笑みで黒マントを睨んだ。


「どうだ、これで仲間は呼べないだろう」


 念願の、とは言い難いが、これで今度こそ黒マントは直接的に戦ってくれるだろう。しばらく止まっていたが急に思いついたように指を鳴らすと、何度も見たことのある井戸が目の前に現れた。果てしない暗闇を見つめている間に空へ大きく舞い上がり、さしもは薙刀を突き出した。触れる直前にこちらを向いたかと思いきや、なんと刃先をしっかりと掴んでくる。


 先端への支えができたことで全体のバランスが崩れてさしもの体は急降下してゆく。黒マントは余った手で銃の引き金を引いて肩にかすらせた。流れ弾は三つ編みに当たってゴムがちぎれる。一瞬なにが起きたかわからなくなっていたが、後ろからの大きな気配でようやく目を覚ました。


 井戸から湧き出てきた影狼は次々に黒マントへ姿を変えて増えてゆく。一体いつまでやったら気が済むのか、と呆れるほどにだ。顔を上げるのも精一杯で、肩から髪の感触が離れない。もう一度武器を構えた頃には何重にも重なって囲まれていた。もはや怒りすら忘れてしまいそうなこの状況に一人で立ち向かうのは、恐怖すら感じる。


(本当に嫌なやつだ。だか、ここで影狼たちに時間を費やしても蛇足になる。それならば……!)


 影狼がどれほどいようとも、さしもの目線は黒マントに定まっている。影狼を倒すのではない。()()()()()()()()()()()()()()()と考えるのだ。自然と心が軽くなると、息を吸い込み、低姿勢で一直線に移動した。体より少し前に出した薙刀の刃先がなりふり構わず影狼を刺しては進んでいく。


 どんなに不格好でもいい。今のさしもは黒マントを倒すのに精一杯なのだ。柄を長く持ち、左右に大きく振って払いのけるとようやく体全体が見えてきた。風が吹くたびに引っかかれた傷が痛む。感覚を足の裏に集中させ、飛び上がると一気に近づいた。 


 全く動じずにいた黒マントは、まるでさしもが近づくのを待っていたような振る舞いだ。直前に来たところで下がっていた手が上がり、右から左へ弧を描くように動いたと思うと間に影狼が入ってきた。眉間にしわを寄せ、顔を強張らせながら薙刀を離して先に向かわせると、見事に体が貫かれたが黒マントには一切届いていない。


 着地と同時に強引に刃を引き抜き、もう一度黒マントに刺すよう試みた。だが、頭上に大きく影がかかる。一斉に黒マントに扮した影狼たちが覆いかぶさってきた。それでも彼の集中力は終わらない。自然と両手から出た炎で押しのけ、かき分け、一筋の光を掴むように黒マントに手を伸ばす。この状況に置いて薙刀は使えない。必死に、夜空に浮かぶ星が見えるまで続けた。


 上半身が起き上がって最初に見た景色は、銃口を目の前で構えていた黒マントだった。しばらく口を開けてぽかんとしていたが、やがてさしもは影狼の灰でまみれた手の平をそっと銃口に被せた。


「やっと捕まえたよ」


 その一言にあちらがどう思ったかはわからないが、容赦なく引き金を引かれた。手の真ん中に大きな穴が空きながらも離そうとはせずに力を込め、体を引き寄せる。もう一方の手で腕を掴んで薙刀をゆっくり持ち上げた。


 何をしているのかという困惑の感情が、マント越しでもよく分かる。そして一気に喉に溜まっていたものを手に集め、吐き出した。それはただの炎ではない。業火だ。一瞬で燃え盛った火はもうすぐ皮膚へと当たる。


「安心しろ。殺すつもりはない、手加減している方だよ」


 あともう少し、もう少しで黒マントを捕らえることができる。余裕の笑みを浮かべようとしたその時だ。黒マントはもう一方の手で何かを描き始めた。どんどんこちらに向かってきているそれは目の前に着き、直後に腹へ強い蹴りを入れられた。


 下から上へ持ち上げられるような動きだったため、どんどん上へ飛ばされてゆく。見えなくなっていくその姿にさしもは、静かに目を瞑った。

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