第百七十八句
「本当に残念だよ」
裏の裏を突かれた感触になりながらも二人は後ろから迫ってきていた数匹の影狼に目を向けた。だが真っ先にさしもは、なほの目の前へ腕を出して顎をクイッと横へ向けて後ろを指した。意図をくみ取って体を正面へ戻したときには先ほどまで地上にいた影狼たちが威嚇しているのが見えた。
前にいた影狼たちはまたもや囮の役目だ。後ろにいた影狼とは距離が近いため、遠隔攻撃のできるライフルを持っているなほは前を任せた方がよい。引き金を引くタイミングを読んでいたのかと思えるほど同時に飛び出した二人は、影狼に向かって大きく笑いかけた。
さしもは素早く影狼たちの中心へ覆いかぶさるように着地し、大体の数を把握してから薙刀をなるべく長く持った。体に沿わせて刃を一回転させるとある程度の間合いが取れる。自分の真下へ曲げることなく薙刀を刺すと柄の先端へ乗っかり、体重で後ろにいた影狼のもとまで落ちた。足が着地する前に引っこ抜き、両手で後ろから前へ持っていく。叩きつける勢いで斬られた影狼は頭から出した血を薙刀へつけた。
一度後ろ側へ移動するとやはり背後から一斉に襲ってこられる。だが、両足を右から左へ弧を描くように蹴りを入れた。真ん中あたりから体を半回転させ、左手だけで支える。両足が通った弧をなぞりながら右手の薙刀を動かした。足で押さえられた数匹はさらに刀身で畳みかけられてとうとう動けない。
立ち上がってその首を左手で押さえると、柄を短く持って思い切り突き刺した。
(さて、残りをどうにかしないとな)
押さえそびれたものがいたところを見るが、どこにもいない。だが何かしらの嫌な予感はあった。真っ先に向いたのは屋根の下でもなく、なほが攻撃しているであろう正面だ。雰囲気に見合わぬ大きな銃を担いでいる姿よりも先に目に入ったのはそこを襲う数匹の影狼だった。
位置的には動いて近づくというわけではなく、どれほどその場で正確に狙撃ができるかの問題だ。と、なほは意気込んでいた。ライフルの装弾数は一度に三十発。影狼たちは十匹よりも少し多いくらいなので一匹につき二発が最大だ。影狼は遠距離からの攻撃ができない。圧倒的にこちらの方が有利だが決して油断はできなかった。
(現に、一匹だけ黒マントの姿になってるからね。本人ほどではないけど戦闘能力はあるからどう動かれるか分かんないなぁ)
結果は予想通りに近かった。周りの影狼は壁を伝ったり飛び込んできているところを間合いに入られる前に処理すればよい話だが、どうも黒マントの姿をしたものは狙いにくい。狙う範囲は十分に広いのだが動きがあまりにも速すぎる。すぐに目の前へ立たれるとめげずに銃口を体に当てた。
体が急に前へ行く。わずかに見えていた手で銃口を引っ張られたのだ。さっと体を避けられて見えるは二メートルは距離のある地上。悔しそうに眉間を寄せながらも屋根から足が離れる――。顔が壁に向くようにうまく体をひねると、つま先を屋根に引っ掛けて何とか耐えた。咄嗟にやったことなので長時間耐えることは難しい。体を少し揺らしながら左手を強く壁に付け、綺麗に一回転ながら高く跳びあがった。座っているような体勢を保ちながら目線と銃口は黒マントの方へ向ける。
上がってくる風に反発しながら弾を何発も撃ち込んだ。逃げ回っていてもそれを追うように連射してゆく。何も知らずに足を止めた影狼はあっけなく体の後ろ側を何発も撃ち抜かれた。壁にもたれかけながら倒れていった影狼を見送ると再び屋根にどかっと座り込む。
「最悪、お前のせいで装填しないとじゃん」
黒マントがいなくなったとはいえまだ影狼は残っている。だが先ほどの戦いを見ていてすっかり怖気づいてしまったのだろう。動きが鈍くなっている。素早く三十発を込めて構えた。
(まずい、完全にしくじった……!)
さしもは歯を食いしばって必死になほにとびかかる影狼を追いかけた。だが、薙刀をどれほど長く持とうと時間はない。何個もの影が周りにできたとき、気だるげな声が聞こえてきた。
『明けぬれば 暮るるものとは 知りながら』