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第百七十五句

「力強い貴方へ」

 もがなは密かに息を切らせながら影狼へ飛びかかった。本当は今すぐにでも休みたい。だが、仲間を見捨てるわけにはいかないのだ。ワイヤーガンから飛び出た銅線はつい最近に新しくしたばかりなのにもうキリキリと錆びた音を立てながら動いている。


 本人にとってはあまり時間がなかった。なるべく素早く体を動かして接近する。普通の影狼にあるまじき反射速度で銅線をはねのけられたが、両手は顔の目の前にある。相手の視界に入る前に後ろへ回って短刀を突き出した。


(っ――消えた⁉)


 いきなり視界から消えたと思いきや、足の裏へ大きく力がかかった。そのまま草原へ大きな音を立てながら着地すると上から押さえられた。恐らく、しゃがんで攻撃を避けた後にその後ろから体で押さえ込まれたのだろう。すぐに手を拘束され、動けない状態となってしまった。加えてワイヤーガンも強引に奪取される。


(まずい、もがな君が……!)


 少し離れたところから見ていた葎は透明化を使って影狼に近づく。なるべく周りの音に紛れ込みながら足を進ませた。目の前まで来ると強風に乗って上へ舞い上がり、右足をぴんと伸ばした。隠れている顔にかかとが入る。反動でこちらに目線が来ている間にもがなの腕を掴んで両者を引きはがした。一瞬戸惑ってはいたものの透明化を解いて姿を現すと状況を理解してくれたようだ。


 着地して影狼を見ると大きく踏ん張ってこちらへ向かってきている。ひとまず葎が銃で何発か連射させて時間を稼いだ。あちらもそろそろ体力がなくなってきている様子だ。それを見ていた時に葎は何か違和感を感じた。


(どういうことだろう、さっきまで気絶寸前だったのに体力がまだある感覚がする)


 何かの異常が起きたかと思い、自分の体を見たが特におかしなところはなかった。


「葎さん、来ます」


 もがなの一言で影狼がもう目の前まで来ていることがわかった。横で跪いているのを見るとその肩を掴んで軽く一蹴りし、瞬時に加速した。目線はもがなのワイヤーガン。取り返そうと思ったが相手はすでにその銃口をこちらに向けていた。気づいた瞬間に銅線が放たれる。ゆっくりと、巻き付く――。


「透過」


 特に何も考えていなかった脳の中に、もがなの声が入ってきた。言われるがままに力を込めて透過を使うと銅線は不発となり、地面へ落ちていく。一気に力を抜きながら片足を前へ出して腰を左側へ捻ると蹴りが顔の側面へ決まった。


 血を出しながらも片足を掴んだ影狼の手を勢いよく振りほどくと、いつの間にか後ろに両手を重ねて腕を伸ばして待っているもがながいた。片足の靴が脱げながらもそちらへ行くと足をそろえて手首の近くに乗る。歯を食いしばりながら体を高く上げられると頭から落ちてゆく姿勢となり、銃口をなるべく近づけた。マガジンは十分にある。弾道を変えずに何発か撃ちこむと、大きく体勢が揺らいだ。


 着地するとともに必死に手を伸ばしてきたのに対してもう一度銃を構えたが、少し体が振動した後にあっけなく倒れていった。その後ろでは自分の体の前で短刀を構えていたもがなが赤黒い血を払うと、影狼はどろどろに溶けてから灰となって消えた。


「終わらせました」

「あ……はぁ、そうだね。終わったね」


 あまりに早く、実感のないまま終わった戦いに呆然とすることしかできなかった。何も気にしていない様子のもがなと目を合わせ、姿見のある館の近くへと行った。


『長くもがなと 思ひけるかな』





 最後に聞いたのはもがなの能力解除の和歌だっただろうか。と、重い体を起こして目をこすった。


「葎さん、葎さーん」


 葎はソファの上でしばらく遠くを見つめていたが、隣から聞こえた可憐ながら芯のある声で一気に目覚めた。声の主は末だ。柔らかく笑いかけると一安心した様子でこちらを見返してくる。のどが渇いたので台所へ向かうとマグカップを手に取っているもがなが綺麗な姿勢で立っていた。こちらを見るや否や目を見開く。


「葎さん、もう大丈夫なんですか?」

「ええっと、うん、大丈夫だよ」


 状況が把握できないまま一緒にリビングへ戻ると、葎は何かを思い出したようにもがなを見つめた。

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