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第百七十四句

「もう廃れてしまったか」

「なっ――、何をするんですか葎さん!」


 見覚えのある、足まで袖丈のある美しい柄の着物がもがなの行く手を阻んできた。葎の着物だ。だいぶ押されており、苦戦している様子だった。操っている影狼が一匹あったのに先ほどの影人たちの動きが早かったのが分かる。


 影狼は戦いにあまり集中しなくてもよいほど余裕を持っていたのだ。影狼が器用なのか、はたまた葎の体力が限界に向かってきているのか。両者の様子を見るに後者だ。しばらく黙り込んでいたが、ようやく開かれた口からはいつもと変わらぬ明るい声が飛び出してきた。


「手伝おうとしてくれてるんだよね、ありがとう。でも僕は大丈夫だから」


 柔らかい表情でその指が指した先は、草原に転がっている影人だった人たちだ。


「もがな君、ポイズンリムーバー使った?毒がある限りは復活しちゃうかもだからそっちが優先だよ」


 はっとした様子で人々のもとへ急ぐと、ポイズンリムーバーを取り出して丁寧に毒を抜いた。前を見るとまだ何人もが転がっている。時々葎のほうを見ながらも、今できることがそれしかないことを悟った。





 弾はちゃんと入っている。普段の影狼と動きは相違ない。だが、葎は明らかに苦戦しているようだった。目の前がくらみ、手足が思うように動いてくれない。いつの間にか黒マントの姿に変身していた影狼は両手をついて一回転しながら近づき、足を着地させる前に腹へ跳び蹴りを喰らわせた。


 大きく後ろへ下がったが、まだ耐える。体勢を崩さずにその場で銃を撃って逃げ回る影狼を目で追いかけた。一向に当たらず、無駄に弾を消費していくことに苛立ちながらもただひたすらに撃ち続けた。


(足が本当に動かない。どうしよう)


 まるで足元のヤエムグラがその棘で足を留めてきたようだ。重い一歩を何回も繰り返し、ようやく影狼のいたところに移動できたかと思えば今度は真反対にいる。一気に加速するために姿勢を低くし、なるべく角度を付けずに飛び出すと先ほどよりはましになった。その分体制を崩しやすいので立ち上がるまでに時間はかかるがそれを逆手に足を狙った。ひどいめまいも一点に集中すれば少しは和らぐ。


 体を張って攻撃を繰り返していたが、ふとした瞬間にその姿は見えなくなっていた。確かにさっきまで時計回りに速く動いていたはずのマントの裾がどこにも見当たらない。再び捉えたときにはもう耳元に足が来ていた。当然銃身で防ぐ時間はなく、鼓膜が破れるかと思うほどの痛みを感じた。それだけでは諦めていない。足を下ろしたかと思えば左手で腹を押さえ、大体同じ場所へ拳がめり込んだ。すさまじい衝撃のせいでひどくせき込む。


 腹を押さえながら立ち上がり、わずかに残っている体力を振り切って前へ進んだ。鏡のように同じ速度で近づいてきた影狼は体を横向きにして足をつきだしてくる。なにも考えずに突っ込んだかと思いきや影狼の目の前からは消えていた。着地するといきなり後ろから重い拳が飛んでくる。


 予想外のことに前のめりになったのを見逃さず、すぐさま上から背中へ乗った。後頭部へ銃口を押し当てたが起き上がる反動で後ろへ飛ばされてしまった。上空で一回転して着地した時の顔は汗でまみれていた。


(だめだ。蹴られるタイミングで透過を使ったのが間違いだった。めまいが……ひどく……)


 閉じかけた目に映るのは、燕尾服のような裾を風になびかせた青年の姿だった。


「手伝いに来ました」


 低い声でようやくもがなということが理解できた。反射的に立ち上がって声をあげる。


「なんで……」

「葎さんは嘘をつくのが下手なので」


 助けに来た者とは思えない言葉を言ってから後ろを向かれる。ワイヤーガンを発射すると共に走り出したその姿をただ呆然と見つめることしかできなかった。

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