第百七十一句
「ずっと、愛されたかった」
膝が決して地面から離れようとしないまま、もがなはただ片手で覆われた口でひたすら呼吸をした。大きく口を開けているはずだ。だが浅くしか酸素が入ってこない。そばを通り過ぎていく弾丸に注意して近づいていった。今使えるものは短刀一本。上下左右から狙って来る銃口の向きを頼りにうまくかわしながら近づいていった。
ようやく、足を伸ばしたら当たりそうなくらいにまで近づくことのできた。幸い、相手の後ろには矢k田の壁があったためこれ以上後ろに下がることはできない。その代わりに、互いに間合いが近くなったので的が大きくなる。特に黒マントの銃はフルオート式なので一回装填を済ませてしまえば倒すことなんて容易だ。
装填のタイミングを見計らい、一気に間を縮めたかと思うとその肩を掴んでその頭上に跳んだ。続けてもう一度両手で肩を掴み、膝を曲げて急に体重を後ろにかけた。黒マントの体が反るとともにもがなの膝が背中へ強打する。さながら体操選手のような動きだ。目の前へ着地して仰向けに倒れそうなところを手首をつかんで止めた。かと思えば左の懐を探り、残っていたマガジンを全て遠くへ投げ捨てた。
続けて右手を握り、その手に収まっている銃の引き金の指と自分の指を重ねて連射させた。かすりもさせずにすべての弾を出し切ったところで離し、ぱっと手を離すとたちまち黒マントは倒れた。
(これで銃は使えない。さて、どうやって反撃してくるか)
無意味となった銃の引き金を何回かカチカチ鳴らしてからヤエムグラの中に捨てると、まるで空中どうしているかのごとく速い動きで一気に間合いを詰められた。左右から素早く蹴りを入れられるが両手で何とか防いだ。だが間をつくらずに両手で頭を狙って来る。股下をくぐってなんとか後ろへ来ていたが、もがなの息はまたしても荒くなっている。
動きが早く隙がない。加えて足元にも長さが及ぶマントで動き方がごまかせる。厄介な敵を本気にしてしまった。一気に気配が大きくなったかと思うと頭を低くする。回し蹴りが飛んできた。すかさず反撃をしようと、蹴った方の足が地に着く前に逆立ちになってかかとを顔に当たる場所へ食らわせた。踏ん張りを利かせてすぐに立て直されたが、向こうは相当なダメージがあるだろう。
互いにすれ違いながら攻撃を仕掛ける。もがなは短刀で上半身に軽く切り傷を創り、大してあちらは右手を後ろに引いて大きく腹を殴ってきた。残りの体力は同じくらいだ。もう一度相手が殴り掛かろうとしてきたとき、もがなはその場で能力を発動させた。
延長させたのは、拳が引かれてから前に突き出すまでの時間。手での動きが一切取れなくなり、混乱している黒マントに容赦なく近づいて短刀を振りかざす。殺してはだめなのは承知の上、どんなに外傷があってもタフな黒マントが少しでも動きを止めてくれるようにしたいからだ。何個もの切り傷を付け、とどめを刺すかのように胸を蹴った。
『長くもがなと 思ひけるかな』
能力を解除すると黒マントは虚空を殴っており、同時に斬られた痛みが来る。完全に手も足も出なくなってしまった黒マントはこちらを見ながら乞うように指を鳴らした。たちまち、井戸が出てくる。
(まずい、逃げられる!)
井戸からの距離は言うまでもなく遠い。急いでワイヤーガンを発射させると、わずかに出ている体へ銅線を絡める。切れないように両手で支えながら引っ張ると、意外と軽いその体はあっという間にもがなの足元へ着地した。念のため抵抗できないように首元へ刃を当てる。だが、手首を掴まれたかと思うと今までの動作が全てうそだったかのように見事に投げられた。背中を強打してあまり動きが取れない。
銅線をすり抜けるのもお手のもの。もう一度能力を発動させようと思った時には風が吹いているだけだった。