第百六十五句
「あなたに会いたい」
葎により、大体の影狼は倒すことができた。だがそれでも、しぶといものは立ち上がる。回収される銅線を強く噛み、戻すのを全力で引き止められる。どうしようにも火花が出るほどの摩擦を起こされ、この細さではすぐに途切れてしまう。
今咥えられているのはちょうど真ん中あたりだ。もがなは銃を構えたまま宙へ跳び、横回転で銅線の先端があるところへ着地した。その間に頭へ巻き付いたため軽く引っ張るだけで吊り上げられる。離そうにも離せずに口の中で濃い銅の味を感じて唾を吐きだしているところへ短刀を投げ、浅く命中させて気絶状態にすると緩んだ口から線を回収した。
一方葎は接近攻撃をしてくる影狼と攻防戦をしていた。と言っても葎は主に守りの姿勢だ。正面から突撃してくるのを手や銃身で払い、背中を取られないよう素早く振り向きながら避けていく。銃を使いたいところだが、間合いを詰められるので狙いが定まらない。静かに撃てるものの、動きでタイミングを見計らうことができるのでうかつには撃てないと考えた。
突然目の前からいなくなっていたかと思うと頭上に重い影が見える。大きな尻尾が顔にかぶさりそうになった時、急いで前に駆け出した。影狼が静かに着地した瞬間に両手を背中で組み、銃口は後ろに向けた。決して顔は振り向かせずに、まっすぐ撃っていくと間隔が空きながらも鳴き声が聞こえた。体に開いた穴から血を流しながら倒れた影狼を見ようともせずに、葎はもがなの所へ走り去った。
「とりあえず終わったかな?」
「はい……」
どうやら先ほどの戦いで銅線を傷つけられたらしく、もがなの眉は八の字になっている。
「錆びるかもしれません……」
「大丈夫だよ、すぐに終わらせようね!」
表情の変わらぬもがなをなだめながら、葎が向いた方向は遠くに見えるあの館だった。すっかり暗くなった夜を背景に月明かりが照らす様子は綺麗とも思え、どこか不気味とも思える。何も言わずに進み始めたのにもがなはついて行ったが突如肩を持たれた。
「もがな君は行っちゃだめだ。危ないからね」
「っ……なんでですか」
そう思うのは当たり前だ。その言葉を待っていたとでも言うような表情になると、無言で駆け出した。その速さにはどうにも追いつけない。というよりかは、言うことを守っていないといけないというような感覚がしてそこで立ち止まってしまったのだ。
風と共に消えてしまいそうな葎の背中を、ただ見ることしかできなかった。
(ごめん、ごめんね。でもこれは僕のやることなんだ)
心の中でそう何度も繰り返した。風で着物の裾が強く揺らぎ、力を抜いたら思わず飛ばされそうになるのを必死に押さえながら扉の前まで着いた。
出迎えたのはやはり僧だった。先ほどと同じようにきょとんとしている。
「またあなたですか。今度はどうされたのですか――」
言葉を遮るように、僧の手を引っ張った。
おいて行かれてしまったもがなはしばらく立ちすくんでいたが、はっとしてもう見えなくなった葎の影を浮かべた。
(そうだ、追いかけるのは間違ってる。俺にも何かできること……)
姿が見えなくとも、ワイヤーガンを構えて周りを見渡しているといきなり月影が大きくなったように見えた。何も考えなかったが本能的に両手を方に当てるようにクロスさせ、銃口を肩に乗せると後ろへ放った。
しゃがみながらその姿を見ると黒マントを羽織っていた。巻き付こうとする銅線に気づかれた途端、体を横へ半回転させられて見事に避けられた。そのままあちらから銃を向けられると、不格好になりながら逃げて距離を取った。
(避けられた!?だが、まだ勝算はある)
焦りはせず、表情を変えないまま両者同じ速度で近づいていった。だが、もがなは少し遠くで止まってワイヤーガンの引き金を引く。横向きにしていた腕を前へ持ってゆき、大回りで銅線を絡ませようとした。
「なっ――」
高く飛び越えられたかと思いきや、線は掴まれ、体の引っ張られる感覚がした。