第百六十二句
「私は何て行いを……」
衛士との戦いはいよいよ終盤に向かってきていると感じた。能力の内容からもわかるように、夜といっても一時的なものだ。衛士が切れるのが先か、黒マントが引くのが先かは全く持ってわからない。両者互角なのだ。
衛士の目の前に見えているのは黒い布の塊だけ。それ以外はぼやけていてよく見えない。というよりかは、見ようとしていない。弾が来ても一切避けようとせずに向かってくるのを見ていよいよ相手も戸惑いが見える。間を空けずに拳を突き出し、がむしゃらに追いかけていた。
押しているのは衛士の方だが、やはり黒マントもぬかりなく装填を終わらせて弾を撃ちこむ。少し軌道がずれてはいるものの、いつも狙っているのは左胸あたりだ。そのため、肩には大量の傷があった。
常に間合いに入っているため動きは読みやすいと思うが、攻撃範囲を広くしないとそれぞれやりにくい。衛士は本能的に間合いから少し離れたところに行くと、片足を素早く曲げて一直線に蹴った。攻撃事態は止められたものの、その反動で数センチ後ろに下がる。瞬きすると次に見えたのは、顔の目の前にある左手――。
正面から殴られたものの、上半身が反るだけで倒れることはなかった。そのマントの下にはどんな人物がいるのか、ますます気になって来ている。だが、目線を前に戻したときには何もなかった。と思えば、強い力で首を絞められたではないか。先ほどの一瞬で衛士が後ろへと移動していたのだ。どれほどの力で抵抗しても変わらない力の大きさに気絶寸前になったところでいきなり緩んだ。
すぐに攻撃をしようと顔だけ振り向いた瞬間に、背中から鈍い音がした。肘打ちをされたのだ。せき込みながら少し離れたところまで行くと両者は一旦呼吸を整えた。
残弾を取り出すためにゆっくりと懐に手を入れた、その瞬間がとどめを刺すチャンスだ。左手で勢いをつけ、右から拳を繰り出す。狙うはもちろん顔だ。だが、いつの間にか目の前に黒は見えなくなっていた。ふと下に目線を移すと井戸が出ているではないか。
丸まった姿勢で井戸の下にある暗闇へ落ちていったと思うと、一瞬にして井戸は消えた。
大きく空振りしてしまった自分の手を見つめた衛士は、誰もいなくなった地上をうろついているだけだった。それをそれを見ていたものは、屋根の上でにこっと笑う。
「貴方はよく頑張っていました。終わりにしましょう」
末は小さく拍手をしながら屋根から着地し、衛士の目の前へ降り立った。撃ったり殴られたりした跡が多く残っているその、影狼とも見紛う見た目をしていたその者に、末は近づいた。だが、この状態で仲間を見分けることなどできるわけがない。大声で叫んだのを皮切りにものすごいスピードで向かって来る。すかさず頭上へ跳んで後ろへ着地し、鞘にしまったままの刃を首元に持ってきた。だが、右手をその前に持って来られて止められる。
それどころか、そのまま横に一ひねりされただけで体が半回転して打ち付けられる。痛みを感じる前に起き上がり、左右からばらばらに来る両手をぐっと止めてそのまま体を持ち上げた。顔が向かい合わせになるような逆立ちをしてから背中側に体重をかけて、仕返しをするように衛士を仰向けにした。
力で共倒れになるところだったが、瞬時に手を離して再び宙に舞う。体勢を直される前に刀から手を離して空いた右手を伸ばした。その手が額に触れると同時に、末は強くデコピンした。
「――痛ってぇッ!」
両手で額を押さえて地面を転がる衛士の姿を見て一安心した。多少人差し指が痛んだが、これも恒例行事のように感じている。
「お疲れ様です。能力、解除しちゃいましょう」
『昼は消えつつ ものこそ思え』
『今日限りの 命ともがな』
末の能力が解除されたことにより、今まで止まっていた月が一気に西へ動く。二人とも能力を解除した瞬間からどっと疲れが出たようで、やつれている。
「というか末ちゃん、なんか怪我増えてない?」
「これは……いいえ、元からありましたよ」
特に気にしていない様子の末を見て、衛士も安堵した。