第百六十一句
「弱いところは見せたくないのね」
いつの間に周りをぐるぐると移動しながら囲まれていた末は、目の前にいる衛士をひたすら見つめた。やはり一人では限界があった。感情を一切遮断していることはわかっている。だが、どうしても手の震えが止まらない。
(全然追いつけない。能力を強制解除する?だめですよね。それなら……こちらに気づかせる?)
視界に入ってきたものは容赦なく殴り、蹴る。今の衛士ならそれができるだろう。だが一番の問題はどうやって誘導するかだ。黒マントをこちらに引き寄せることもできると思うが、両者には互いのことしか眼中にはない。
ひとまず話から抜け出すために息を整え、目を閉じた瞬間に周りには何も感じなくなった。まるで静かな泉の真ん中に一人で取り残されたような――だが、しばらくすると波紋が足元に伝わった。すかさずその方へ体を向けて刀を振ると見事に影狼の首へ命中した。一気に勢いの止まり、襲い掛かってきたのにいつもの冷静さを見せつける。
刀を空中へ高く上げ、そちらに気を取らせている間に右手を地面に置いて両足で脛の部分を蹴った。膝を良く曲げたことでよろめくどころか倒れそうになった。体を起こして倒れそうな影狼を台代わりに踏んで体も空中へ舞う。少しタイミングが遅れたせいで逆手持ちになってしまったが、刃の向くままに一直線に地面へ落ちてゆく。ちょうど真下にいたものの腹を貫通させ、手早く数を減らすことができた。
だが、降りようとした瞬間に裾が勢いよく引っ張られた。抵抗しようにも間に合わず、そのまま地面へ叩きつけられた。十分な受け身も取れず、末の体は限界に近かった。まだ押さえつけられている這いつくばりながらなんとか上半身を起こし、上から拳を下ろしてくるものを刃で止めて腕をつかみ、そのまま体を引き寄せた。柄の先端を胸に当てることで近くに来た瞬間に胸部を刺すことができる。
輪に間ができていたのを確認してから不格好に飛び出し、衛士に近づく。まだ押さえられている状態だったため何気なく近づいたが視界に入った瞬間に左手が飛び出してきた。もうちょっとの所で顔を引き、荒くなっている呼吸を整える。
(たった一発でもわかる。この能力の『狂気』がどれだけすごいか)
すぐに目線は正面の黒マントへ戻る。だが、諦めずにその後ろ側へ回った。フードの動きで大体の顔の向きはわかる。まったく気にしていない様子を見て影狼との距離を確認してから衛士の後ろから飛び出した。黒マントの後ろに着た瞬間に両足で背中を蹴ると見事に体勢を崩してくれた。
たがが外れたように動き出し、隙間をつくらずに黒マントを殴ってくれる。どれだけ傷ができようとも止まらない攻撃に避ける事が精いっぱいのようだった。末は二人の目の前に立ち、ひたすら影狼を一直線に近づけてゆく。拳を振り上げて、怒り任せに足を動かす大群にその表情は変わらない。
もう一度目を閉じ、息を大きく吐く。待っていると上から、影がかかる――。カッと目を見開いて後ろに跳び、綺麗に一回転してからその後ろに着地した。恐らくあちらは最高速度を出している。止まることなんて不可能だ。
影狼の体が両者の腕に触れる。何が起こったかわからないくらいの速さで二人に蹴られると、一気に影狼たちの血の気が引いた。黒マントが右手を前に出すと、あっという間に影狼の動きが止まる。そこへ衛士が真上へ跳んで容赦なく倒された。
灰になっているところを横目に二人の戦いはまだ続く。ここで水を差してしまったらさっきのように共闘し出すだろう。屋根の上に戻ってその風景を見ていた。
(またやられてしまいましたね。情けない……)
服の煤を払い、ポケットの絆創膏を取り出す。鏡もなく不器用なところに貼ってしまったが、今はこうするしかない。
黒マントの動きは引くばかりで銃もまともに持てていない。当たり前だ。今目の前にいるのは、人の形をした化け物なのだから。