第百五十八句
「裏切り者ね」
衝撃でもう一度屋根から落ちた黒マントに思わず口角が上がった衛士が次に見たものは、あまりに予想外な事だった。何事もなかったようにマントについた煤を払い、それと同時に懐から取り出されたのは全く同じ型の銃だった。
「なっ……⁉」
我に返って今自分が手に取っている銃を見ると、弾の重さが一切なかった。もう一つ武器を持っていたことに絶望の表情しかできなかった。
(弾を抜いた…?いや違う。こっちはもともと隠されていた方で、どこかのタイミングですり替えられたんだ)
一回目に屋根から落としたときに砂ぼこりから出てくるまでの妙な間を思い出し、歯を食いしばった。だがここで終わるわけがない。黒マントの狙う先は化けた影狼に囲まれた末――。うっすらと汗をかきながら敵をさばいているところに真上を狙って跳んだ。その姿には虫唾が走り、自分でも何を言っているのかわからないような言葉を叫んだ。同時に相手の銃を投げ捨て、屋根を蹴ってまっすぐ跳んだ。
空中で自分の銃も捨てると右の拳をしっかりと握り、斜め下へ叩き落すように殴った。感触的に頬へ直撃しただろう。力が一気に抜けた姿勢で両者は着地し、高いところから落ちた衝撃を我慢して突進した。武器は使わず、正々堂々の取っ組み合いだ。
両手を合わせて押し合い、鋭い目で睨む。だが、相手は表情を見ないでもわかるような気楽さで手を握ったまま衛士の手の上で逆立ちすると、後ろに重心を持っていかれ、黒マントが着地すると同時に手を離されたため数センチは吹っ飛んだ。しかも顔から地面に触れたため口の中は血の味がする。
すぐに起き上がり、近づくとすぐに後ろへ回りこんで肩へを強く殴るとよろめいたが、影狼の大群を飛び越えてすっかり姿を見失った。目の前にいるのは大量の影狼。血を拭いているところに末の声が響いた。
「受け取ってください!」
自分の銃が投げられ、少しジャンプしながらも受け取ると残弾数を確認した。相変わらず体に合わない銃の引き金を、丁寧に両手で引いた。
多少疲れが出ていた末はこの状況をどう乗り越えようかと考えていた。衛士のおかげで相手はそれなりのダメージを喰らっており、動きも先ほどよりは速くない。それでも圧倒的に不利だ。動き出しを見逃さないようにしながらも先に来る影狼を斬った。いちいち視界に入って来られて集中できない。
後ろからの気配を感じ取り、小さく回って入れ替わるように位置を変えると足を高く上げて顔と思える部分を蹴り上げる。足を下げると同時に斬りかかりながら頭を持って開脚跳びをした。次に左右同時に来た者の裾を掴み、なるべく少ない力で近づけると二人を衝突させる。それに加えて両手を合わせて背中に持って行き、それぞれの頭を殴ると地面にめり込む勢いで落ちた。
(……次っ!)
またもや気配を感じる。横を向いた瞬間にはいつの間にか顔が地面についていた。後から頬が痛む。その者の手に収まっていた銃を見てようやく理解した。銃身で思い切り顔を殴られたのだ。視界が狭くなりながらも起き上がり、すぐに腫れ上がった顔を押さえながら刃先を向けた。
(あぁ、分かる。コイツは笑っているな)
容赦なく弾を撃って来られても背中へ刀身を持ってきて股下をくぐり抜けた。だが、その場でジャンプされたため意味のない行動になってしまう。それでも後ろに回り、肩に柄の先を食い込ませて体に掴まった。肩車のような体勢になりながら首を腕で挟んで絞める。振り払うかのようによろよろと動かれたことで前に体重が行ったが、自らも犠牲にしながら顔を掴んだまま仰向けの姿勢で倒れさせた。末が下側に来るため頭を強打する。
意識が遠のいてゆく。だが、そんな状況でも鼓膜に直接話しかけているくらい大きな声が聞こえた。
「やめろぉぉぉぉっ!」
(――よかった、終わるんだ)
静かに目を閉じた末は、小さく笑っていた。