第百五十七句
「本当にあなたは……」
「衛士さん!」
「うん、間違いないね」
二人は同時に屋根へ体を向ける。そこに立っていたのは、黒マントと左右に大量に並んでいる影狼だ。恐らく黒マントは先ほど末が戦ったのと同じ者だろう。軽快な足取りでゆるい傾斜を滑って降り立つと、さっそく右手の指が鳴らされた。
それに合わせて影狼が溶けてゆき、全員が黒マントを着た人の形になった。風へのなびき方さえ同じになっている布の集団に恐怖としか思えない。ふと、末が耳を貸すようにジェスチャーをしたのでしゃがんで片手で耳を覆った。
「……私そんな身長低いですか?」
「今は気にするな。それで、何か言いたいの?」
「能力を使ってください」
あまりに突然の言葉に返答を忘れるほど頭が空になる。しばらく固まっていると肩を叩かれてはっとした。
「俺に、能力を使えって言うの?」
気のせいだろうか、一瞬だけ空気が凍った。だが末もそこまで諦めの良い人ではない。完全に黙り込んでしまった衛士と会話を続ける。
「はい。その方がいいかと」
「……いや、だめだ。絶対にだめ。少なくとも今はだめ」
いきなり始まった全力否定に引きながらも諦めずに説得し続けたが、結局はぐらかされておしまいだ。仕方なく、二人は無数にいる黒マントの中から本物を見つけることにした。
建物の壁に足をかけて一直線に跳んでくるのをその場で止まって武器を構えながら見る。直前に来たところで目を見開くと、それよりも高く跳んで屋根へ乗った。
衛士が何発か地面に撃ち込んだところで末が集団の中心に着地する。一度刀を置いてから両手足を地面につくと逆立ちになって周りの者を回し蹴りした。続いて肘を伸ばして刀を再び握ると、その後ろから来た者たちを華麗に斬った。どれも赤黒い血を流しながら影狼の姿に戻ってゆく。本物と見分けが一切つかない。
やはり影人の反応速度からも読み取れたように操作していた影狼は多い。一人では到底無理だ。
(でも……おかしい。衛士さんのサポートが行き届いていない?)
サポート役に徹したはずの衛士の動きがない。確かに銃声は聞こえてくるのだが、どうしても距離が遠く感じる。不思議に思って手を止めると、唇を噛んだ。
衛士の目の前には、一人の黒マントがいた。
末の様子を見ながら銃を構えたが、明らかにこちらを向いている者がいる。それがまさか目の前に来るとは思わなかったが。右手に持つ銃よりも左足が顔へ向かってくる。右手で押さえるが静かに着地され、屋根の傾斜を難なく登られて一気に距離を縮められる。落ちない程度に引きながらどれも顔ばかり狙って来る弾を避けるのに精いっぱいだった。
それでも近づいてくるのにとうとう足を滑らせ、左手だけが瓦をしっかりとつかんだ。だが時間は残っていない。その上足で踏まれて力も残っていない。体をだらりと垂らしたと思いきや、口で銃を加えて右手も使った。壁に当たりながらもだんだんと体全体を上げていき、一回転しそうなくらいの勢いをつけた。
「うぉおぉぉおっ!」
手を離すとあっという間に黒マントの背丈を越えた。体が後ろに着た瞬間に両足で背中を蹴る。これには一溜りもなく地面に突っ込んだ。砂ぼこりの中からすぐに出てきた。普通の影狼ならとっくに気絶しているはずだ。
(やっぱりコイツが本物ッ……!)
その体を銃口で追い続け、体が完全に反ると同時に後ろへバク転をしながら上頭へ移動した。今度は横回転をかけながらかかとを入れそうとするが、押さえられて逆に足を持たれる。うつ伏せの状態にされると一気に体を引っ張られ、後頭部を掴まれて叩きつけられた。
だがここで倒れるわけにはいかない。すぐに両肘をついて顔を離し、一瞬で仰向けになるよう体を回転させてから思い切り膝を伸ばした。腹に当たったようで強く押さえている。立ち上がって相手の銃を握ると片足を上げさせて綺麗に体を回しながら銃を取り上げた。
「さ、これで終わりだ」