第百五十六句
「貴方になら素直になれる」
末の提案により、大木の奥に行くことにした。もう一人の黒マントの情報を言うと、さっそく二人で走り出した。
「……末ちゃんってさ、なんか、本気で笑う時ある?」
「何ですかいきなり」
冷静に前を向くところを見て、ふと疑問に思った。思えば末が本心から感情を出したところなんて見たことがない。顔の向きは変えずにしばらく考えていたが、やがて目が合った。
「いえ、衛士さんが見ていないだけですよ」
「俺そんなにタイミング悪いの?」
どこか含みのあったような気がしたが、気にせずに前へ進んだ。
しばらく進んだところにあったのは成人が六人で一列つくって渡れるくらいの幅の道だった。素朴な木の柱と屋根があることで日中は店が並んでいることがわかる。雑草が一切なくなっている地面に足裏が触れた瞬間だ。その店の一つ一つから人が出てきた。全身の力が抜けているようで、一歩踏み外したら倒れるかもしれないと思うくらいだ。
間違いなく影人だ。だが、武器に手を当てた途端に急に姿勢がよくなった。一斉にこちらを向く。手前の一人が走り出したかと思うとそれに続いて全員が迫ってきた。同時に高く跳び、反対側に着地する。こちらを向かれる前に末は衛士の裾を掴んだ。
「手分けしましょう。私は左側、衛士さんが右側です」
うなずいたのを見てからまっすぐ大群に突っ込んだ。
衛士はこの状況では圧倒的に不利だった。銃なんて向けてしまえば、簡単に影人を殺してしまう。銃は距離を取ったり、あくまで動きを止めるために使うように自分へ釘を刺した。
量の割には動きが速い。数匹の影狼が分担して動かしているということがわかる。どこへ行っても目線が追いかけてくるのにうんざりして一度姿勢を低くした。四足歩行と言ってもいいくらいの体制で集団をすり抜けていく。直前で止まってからすぐそばにいた者の肩を掴むとそれを支えに立ち上がり、空いていた左手を首筋に当てた。
倒れているところを全員が注目し、さらに速度が上がってゆく。半径二、三メートルほどの所にある地面へ弧を描くように弾を撃ち込むと、都合よくそこで止まってくれた。装填を済ませてから銃をしまい、こちらも負けじとぶつかっていった。動きの止まっているのを見てひたすら前から、軽くどこかを打って気絶させてゆく。だいぶ強い衝撃がかかっているようだが本人にとっては三割くらいの力だ。
低いところにいる者には左から右へ外側にかけて蹴りを入れ、上から飛び掛かってくる者の手を掴んで地面に落とす。細かく、緻密な動きで惑わしてくるのにも関わらずそれを一切気にせずに攻撃を続けた。
(……あの影は?)
ふと屋根の方に目が行ったとき、無数の形が見えたような気がした。だが今はそれどころではない。いつの間にか数人で飛びかかって来られていたのに気づくと一番左にいた者の脇腹を蹴った。体がかくんと曲がった衝撃がその右へ、そのまた右へつながる。共倒れとなったところでポイズンリムーバーを出してそれぞれの首筋に当てた。
(私は……そんなに笑わないでしょうか)
影人に目を向けながらふと思ったことだ。末の刀は鞘を付けたまま飛び出しの背中、影人の背中にひょいと乗ったところで肩に強く当てる。後ろからくる者を倒そうと膝を曲げて勢いよく後ろへ跳んだ。体を反らせて一回転射ながら着地した先は影人の肩だ。何とも狭く、暴れる方に座り込むと刃を背中側に来るように持って額に突く。
あまりの強さに苦い顔をしながらも倒れ、頭を軽く強打していた。地面に足を着けると四方八方から大量に影狼がいるではないか。ため息をつくと高く跳んで真正面の影人に重い蹴りを入れる。空中にいる間に壁代わりとして蹴り、また他の影人へ乗り移ると今度は刀を上から下に振り落として首に当てた。
まるで踊っているかのように円状に移動し、影人を倒してゆく。最後の一人には一回転した後に肩足を伸ばし、頭にかかとを当てると膝から崩れ落ちる形で倒れた。
(これで大丈夫……ですかね)
だが、屋根に突如現れた無数の影を見てまだ終わりではないことを悟った。