第百五十二句
「貴方は分かってくれないでしょうね」
ここは、ある山奥にある古い館。ここでは、百人の青年たちが暮らしている。
「はい……カメラ、ですか?」
博士と電話で話していたのは、首筋につくかつかないかくらいの、ふんわり内側に巻かれた髪に吊り目でしっかりとした女性のような風貌を持つ青年だった。身長や声色からして高校生くらいだ。
『そう、仕事の時にそれをポケットとかに入れて黒マントたちを撮影してほしいんだ』
「へぇ、これまたいいものを思いつきましたね」
通称:末
管理番号:054
主:高階貴子
耳の前に垂れ下がった髪を後ろにかけると、小型カメラをまじまじと見た。どこにレンズがあるかわからなくなるくらい精密だ。しばらく見つめていると、電話越しで笑い声が聞こえた。
『ごめん……今も起動させてるんだよね』
博士の画面いっぱいに、不思議そうな顔をしている末の顔がある。驚いて離したところで本題へ戻った。
「ということは、さっそく仕事ですか」
『うん。いつもと同じペアで、よろしくね』
幸い、末の着ている服には小さいポケットがついている。そこにちゃんと入れたことを確認してから例のペアのもとへ向かった。
扉を三回ノックすると「はーい」という力の抜けた声がした。思い切り強く開けると、布団に寝転がっている優しそうな目をした男性の姿があった。
体が仰向けになった状態のまま上を向き、末と目線を合わせている。こちらから見たら何とも滑稽な姿勢だが、本人は気にしてなさそうだ。
「あれ、末ちゃんが逆さに見えるよ」
通称:衛士
管理番号:049
主:大中臣能宣
「逆さまなのはあなたの方ですよ。衛士さん」
だが、立ち上がると黒いワイシャツの上に白いスーツ、足にぴったりとくっついたズボンが体格の良さを表している。末が見上げるほど身長が高く、首が痛くならないように押さえながら話をした。
「仕事です。行きましょう」
「待って待って、準備するから」
その場ですぐに準備を整え、姿見の部屋へ向かう最中にふと衛士は腰に手を当てながら目線を下にした。
「俺らってさ、主同士のつながりもないのになんでよく一緒に仕事行くのかな」
「決まっているでしょう、能力ですよ。私たちの能力は怖いほどに相性がいいので」
わざわざ目線を下にされるほど子ども扱いされたくなかったのだろうか。いつものより末の目が鋭く感じ、急いで前を向いた。特別仲が悪いわけでもなければ、とても良いとは言い切れない。不思議な関係にあった二人の会話は、それほど長く続かなかった。
部屋につくと、姿見に飛び込もうとする衛士の袖を引っ張って止めた。息が詰まっているような声を上げてからその場で座り込むと自分の腰を撫でた。
「末ちゃんって意外と力強い……」
「これを渡し忘れていました。はい」
カメラを渡すと不思議そうな顔をしたが、末が服のポケットに入れているのを見てズボンのポケットに入れようとした。すると、いきなりぶんどってどこからかガムテープを出してきた。カメラに貼るとかがむように伝える。
「衛士さんはおでこに貼った方がいいですね」
「無慈悲っ!」
テープを外したときの痛みと格闘してから改めて姿見に飛び込んだ。滑り込むような形になりながら抜けた先には草むらが広がっており、風で同じ方向になびいていた。立ち上がろうと両手を地面についたん重つかの間、背中に重さがかかった。
「へぇ、ここですか」
「……踏んでるよ、末ちゃん」
特に謝ることなく足がどかされると草むらの奥には海が見え、さらに後ろにはもう半分以上は沈んだ夕日が輝いていた。足場は悪いがその分音が目立つ。反対側に見えた大きな建物見向かって、わざと音を立てながら駆け抜けた。それから背中合わせになり、耳を澄ませながらその場で立ち止まった。多少風もあるが、音の重さでよくわかる。
それは、夕日が完全に沈み切ったときに起きた。いきなり末が打刀を鞘から抜いたと思うと、左から右に大きく振った。遮られてしまったようで、両手で刀を持って押さえている。
「大丈夫?」
「私はここで敵を待ち構えます。衛士さんは茂みの中にいる影狼をこちらへおびき寄せてください」
真面目な指示を出され、はっきりと返事を返してから衛士は再び茂みの中へ消えていった。