番外編:この世の悪は全て物理的に倒す!魔法使い・マジカルまだき!
「私があなたたちの橋となりましょう」
それは、夜中に浅茅がなぜか起きてしまい、布団の上でぼおっとしているときだ。額に手を当てるとだいぶ体温は下がっている。体が浮いているような不思議な感覚がしながらも窓の外をみていると、急に人形が現れた。
(人……?なんか見覚えあるシルエットだな)
首を前に出し、その姿を凝視しているとその者は右手で拳を作り、窓を割った。あまりの衝撃に体全身が震えてしまう。手は窓のロックの近くにあり、器用に解除されたか思うとあり得ないくらい大きな音を立てながら開けられた。
「浅茅さん!行きましょう!」
「もうこの時点で状況がつかめないんだけど」
表情だけは冷静だがそれ以外の、特にテンションがおかしいまだきとこの状況を一旦頭の中で整理してから話し始めた。
「待ってね、君には聞きたいことがたくさんある」
「なんでしょうか」
「一つ目、ここは三階だ。どうやってここまで来た?」
浅茅たちのスペースがあるのは三階だ。壁を登って苦労するのに、どうやって来たというのだろうか。ふと、まだきがまたがっているものに目がいった。
「もしかして……そのほうきで来たの?」
明らかにほうきとしか思えないその物体の後ろは藁ではなく笹の葉だった。
「違います。これは竹馬です」
「竹馬?」
説明しよう。
平安時代の竹馬は今とは違い笹の葉がついた竹にまたがって馬に見立て、走り回るという遊び方だ。まだきの主である壬生忠見とは深い関わりがある。
あまり納得はしていないが、とりあえず自分が寝ぼけているということを理解すると次の質問へ移った。
「二つ目……君は何をしに来たの?」
「え、決まってるじゃないですか。町に悪がはびこっていないかを見に行くんです」
「何で君がそんなことするのさ」
「皆さんには言っていなかったんですけど……実は私、夜は魔法使いとして活動させてもらっているんですよ」
「これが夢の出来事だということが確定したよ」
普段は絶対に言わないようなことを言ってきたので、完全に現実ではないことを確定させると怒った様子で返された。
「実は今も、魔法を使っているんですよ」
「えっどこどこ!?」
「浅茅さんが心で思っていることを全て言葉に出させました」
「確かにツッコミが口に出て……って最低だな」
「……本当にツッコミがうるさいんですね」
若干傷つきながらも渡された竹馬に乗るとあっという間に空へ飛び出した。夜風が気持ちよく、思わず目が輝く。
いつの間にか後ろには、ほうきに乗った誓とまるで空を歩いているかのようにしているかたみがいた。
「あら、こんにちは浅茅さん」
「もしかして、皆さんも魔法使いを?」
「あぁそうだ。あっちにくらぶさんと玉さんもいる」
「他の方たちは?」
「要するにサボりだな。宵さんは酒に溺れちまってよ、あの人酒が入ると頭のよさがにじみ出てくるんだ」
賢上戸とでも言うのだろうか。宵のすごさを改めて実感しながらも町を見下ろした。電灯は少ないが、町の様子が一望できる。一通り回っていると、浅茅はあることに気がついた。
「というか、魔法使えるならわざわざ窓割らなくてもいいんじゃ……」
「すいません、私は物理魔法が専門なので」
「それってもはや暴力なのでは?」
何事もなく見回りが終わり、屋敷の前に着くと傘を持ちながら浮いている少年、鵲の姿があった。
「みんなお疲れさま!」
「鵲さん!?なんでここに?」
まだきが手のひらを差し出すと鵲はにこりと笑った。
「実は、私たちに魔法を教えてくれたのは鵲さんなんですよ」
「得意なのは星魔法ですっ!……説明しよう!」
カラス科の鳥であるカササギは、七夕になると羽を広げて織姫と彦星の間にある天の川に橋を架けるという伝説があるのだ。
「ん?なんかわからないけど中途半端で終わったような……」
「気のせいだよ」
くらぶと玉が隣に来て、じっと鵲を見つめていた。他の人たちもずっとその状態なので玉に耳打ちした。
「あの、これは一体……?」
「あぁ、魔法使いは決まった専門魔法しか使えないんだが、鵲さんは年に一度の七夕の日だけは一つだけ魔法と無関係の願いをかなえられるんだ。ほら、今日は七夕だから」
「今は、その儀式中」
くらぶの付け足しにより、大体を把握できた。傘を広げて空を見上げている鵲は手を高く上げると呪文のようなものを唱え始めた。
「織姫、彦星よ。貴殿らの架け橋となる鵲の名に免じて、我に願いを叶える力を与えたまえ!」
満天の星がきらめき、そのうちの一つがまばゆい光を放ちながら鵲の手に落ちた。優しく握られるとその光は消え、代わりに手が動かされるたびにキラキラと星屑が零れ落ちるようになった。
「さて、何を叶えたい?」
その時だ。急に浅茅は背中を強く打たれたような感覚がして、竹馬の上でよろめいた。何とか持ち直すとまだきの目は険しくなっていた。全員の目線の先には、ほうきに乗ったものやが笑っている。
「ものやさん⁉」
「こんにちは~」
手をひらひらと振っていた後ろにはいつの間にかまだきが拳を振り下ろそうとしていた。だが、寸前で止められる。
「ッ……!」
「殺意、丸わかりなんですけど」
そう言って人差し指を上から下へ動かすと、あっという間に地面に叩きつけられたようだった。負けじと脇腹を蹴ると鼻血が出ていた。
「二人とも!喧嘩はやめようよー!」
鵲の言葉も聞かずに喧嘩をし続ける二人をすかさず、なくはとかたみが押さえるが二人は暴れたままだった。
「聞いてよ!まだき君がひどいんだよ!」
「あ゛ぁ?」
「僕が町のカフェに行ったら店員さんに『相席でいいですか?』って言われて案内された先にまだき君が座ってて、「後から人が来るので」って拒否されたから外で待ってた時があったんだけど!」
長文で早口だが、何とか伝わる弁明を聞き続けた。
「でも!僕が入店するまで誰も店に入ってこなかったんだよ!」
「うわぁ、シンプルに傷つくやつ」
「しかも君、四人席座ってたよね⁉スペースありまくりなんだよ!」
「私だって傷ついてることあるんだよ!」
言葉をかぶせるようにして喋ってきたまだきに全員の目線が行った。
「お前は裏垢で私のことをいじっているそうだな!だがな、その内容は悪口とかじゃなくて!私が部屋にいるときの独り言とか寝言の文字起こしなのをやめろ!」
「裏垢そんなにねぇよ!」
「ありはするんかい!」
そろそろ夜が明けそうなのと、まだ二人の言い合いが終わらなそうなことを感知した鵲はため息をついた。
「しかたないなぁ。七夕マジック!」
再度手が光り、だんだん大きくなっていった。
「なんかもう都合よくなーれ!」
「お願いが雑なんですけど!」
周りが、まばゆい光に包まれる――。
浅茅の目覚めは最悪だった。そして、今までの出来事が夢だったことを再確認する。窓も割れておらずいつも通りの部屋だ。
朝食を食べに行こうと部屋から出ると後ろから肩をつつかれた。まだきだ。
「浅茅さん、昨日は楽しかったです。ありがとうございました」
「えっ?」
まさかな、と思いながらも、リビングに向かった。