第百五十一句
「私は、悪役なのか?」
あはれはリビングに戻り、一斉に目線を向けてきた皆に笑顔を見せた。
「浅茅君、元気そうだったよ。明日には治る」
「ありがとう、早く治るといいね」
宵が笑い返しながら消え入りそうなくらいの優しい声で返した。他の者たちも安心したようで、ほっと胸を撫で下ろす。
ダイニングテーブルに座って深刻そうな顔をしていたと思うと、机の中央には繊細な字で記されたメモがあった。あはれが覗き込んで見えたその内容はどれも黒マントに関する情報ばかりだ。なにかが言われる度に玉が書き足していった。
「何をされているんですか?」
「いや、最近は黒マントの目撃が多いだろ?だからなるべく特徴を押さえて、備えようって訳だ」
「……知っていることはあるか?」
かたみとなくはに目を向けられ、顎に手を当てながら考えた。今日の戦いを思い出すと、はっとして思わず口が開いた。
「あのっ、この部屋で僕たちより前に仕事に行ったのって、誓さんとくらぶさんですよね?」
恐る恐るうなずく二人を見てから、話を続ける。
「報告書には、相手は両者とも結構な重症を負っていたって書いてあったと思うんですけど……今回も遭遇したんですよ」
「なっ……!?」
「それは、あり得ませんね。あの怪我は早くても一週間は休まないと回復できない……。それほど時間は経っていないのに、浅茅さんが寝込むほどの攻撃力を保てたと言うのですか?」
誓の言っていることがもっともだ。しかし、事実に変わりない。玉が急いでメモを取っているところを横目に、皆でうなりながら考え出した。ふと、ものやが聞きなれた高めの声で言う。
「もしかして、あっちにも一瞬で怪我を治せる技術みたいのなのがあるんじゃない?」
「それは僕も思った。でも……」
言葉を返そうと思ったところで、まだきが被せながらも立ち上がりながら言った。
「いや、複数人いたんだ。例えば四人いたとしたら交互に向かわせればいい」
「まだきくん格好つけてて面白いんですけど」
あからさまな嫌みをものやに言われ、頭の血管が一つ切れるような音がした。小さく舌打ちをしてから机に両手を叩きつけ、その隣に目線を向ける。
「お前は何がしたい、私をいじるのがそんなに面白いか……?」
「うん、とっても!」
両者の間に雷が見え、同時に殴りかかろうとしたところでかたみとなくはが腕をつかんでそれぞれの自室に連行した。
「あー、くらぶさん?すいませんけど、暁さん呼んでもらえませんか?」
「わかった」
かたみに頼まれたくらぶが部屋の外に出るのを見送ると、あっという間に机の周りには三人しかいなかった。
「それで、あはれさんはどう思われたのですか?」
玉の静かな声にはっとして、咳払いをひとつしてから言いたいことを思い出した。まだきの考えたとおり、複数人いるものだと考えている。遭遇したのは今回が始めてだったのでなんとも言えないが、顔や完全な姿を表してもらう前に、背丈などでどれくらいの仲間がいるかを確認した方が効率がいい。
話すと、残っていた玉と誓は大賛成してくれた。早速、博士に報告がてら連絡をする。
『そうだったんだ、大変だったね』
事情を知った博士はあはれの提案に賛成してくれた。早速、解決策を考えてくれるらしい。思った以上に褒められたので、思わず照れてしまった。それを見て、誓と玉はこちらを見ながら笑っていた。なんとか話を反らそうと、出てきたのは浅茅だった。
「あっ、そういえば!浅茅君は、早く治ってほしいね!」
「そうですね。彼は言わば影の努力者……。欠けてはいけない存在です」
「いきなり浅茅君の話になるなんて、どうしたんですか?」
胸に強く手を当てて、得意気な顔になった。
「いや、彼には少々貸したものがあるので、お返しに何がくるかと思いまして」
「何がいいの?」
「もちろん、これです」
右手の人差し指と親指で輪を作り、二人に見せつける。と同時にどこからか小銭の落ちる音がした。
「お金ですね」
「「揺るがないな」」
あきれながらも、三人は声を揃えて笑った。
その声は、館とは別の暗い場所でも響いていた。
平安中期編 弐 《終》
平安中期編弐をご覧いただき、ありがとうございました。番外編を挟んでから次の章に入ります。投稿時間を変える予定はないです。