表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
151/242

第百四十五句

「あの人はいいな」

 浅茅は、自分の視力の限界のくらいまで遠くにいる影狼たちを追った。見たのは一瞬だけだったので覚えていないが、おそらく破片は刺さっていなかった。あはれと木に隠れたところを見て真似をしたのだろうか。


 今はこの距離をどうにか縮めようと走っていた。もともと体力がない方なので苦しさを感じたが、人に向けて言ってしまったからにはやるしかない。開いたままの口から息を吸っているのか、吐いているのかもわからない、汗をかいている感覚のないくらい、とにかく全力で走った。ふと、足元に石でもあったのか爪先がかかって前のめりになった。何とか転ぶのを防げたが、ここでようやく目が覚めた。全身から滝のように流れてきた汗。ほとんど息をせずに走っていたことに気づき、さらには心臓が一層重く感じられた。


 血の巡る気持ち悪い感覚を味わうと同時に胸元を掴み、手榴弾を出した。汗が冷えてきたところで刀を地面に置き、ピンを抜こうとするがなかなかできない。相当力が入っていたのか、これ以上は無理だ。仕方なく口にくわえ、歯で噛み砕くようにして抜くと急いで立ち上がって投げた。


 一瞬にして空へ消えていくのを見るともう少し進み、爆弾が着地したであろう場所まで向かう。案の定、影狼のその先にちょこんと置いてあった。耳を塞いでその場にしゃがむと先ほどのパイプ爆弾よりも大きな音を立てて爆発した。生ぬるい風を起こしながら数匹を吹き飛ばしてゆく。半径二メートルより外にいれば重傷はない。


 こちらに吹っ飛んできた影狼を容赦なく斬り、真ん中に突っ込んでいく。足でストッパーをして速度を落とすと、不格好ながらも刀を鞘から抜いて低姿勢になった。まだ起き上がれていないものから近づいて斬るとすかさず後ろからも来る。左腕を腹に当て、上半身を半回転させるように叩きつけた。


(体温が上がるのはまだ時間がかかる……。最低でも逃げられないようにしないと)


 先ほど叩きつけたものに刃を突き立てて正面を向くと、すでに囲むように周りに立たれていた。鋭い目つきでそれを見るだけで、先に攻撃はしなかった。あちらの動きを観察するためと、少しでも息を整えたいからだ。だがすぐに、周りの音が止まった感覚がした。右側から目をそらした瞬間、顔のすぐそばに一匹が来ていたのだ。刃の届く距離には間に合わないため、焦りながらも肘打ちをした。少しずれたものの、頬に当たって地面に落ちた。影狼たちの立ち位置から考えて足元は死角だ。右足で押さえて逃げられないようにした。


 すぐに左側からも影が大きくなる。よくは見えなかったが大きく口を開けているとみられる影狼の口に刃を当てて両手で押し込む。途中で左手を離すと右側に払われ、砂ぼこりの中に消えていった。


 正面で助走をつけているのを見ると、まっすぐ、今までよりも低く跳んでこられた。滑って転ぶような形になりながらもしゃがんで反対側に走りこんだ。その際に刀をさっきまで足で押さえていたものに突き刺して移動する。武器は遠くになってしまったが、体温はちょうどよい。再びパイプ爆弾を出すと、浅茅は顔を覆うだけでその場から逃げなかった。


 投げてしばらくの間は何も起きない。だが、先ほどやられた仲間を見て怖気づいたのだろうか、いくつかの木々に隠れてゆく姿を見て、その口角は微かに上がった。


 影狼が灰になったことで横に倒れていた刀をしっかり握ると、静かに木に飛び乗ってその下にいる影狼を見下ろした。息を大きく吸うと、静かにした意味がなかったと思えるくらい派手に飛び出した。今まで爆弾に気を取られていたため混乱して、その場から逃げられなくなっていた。


(僕にしては結構大胆なやり方だけど……影の薄さが役に立つ!)


 その場にいたのを倒し終わると、隣の木に移動した。爆弾からは煙が出ている。二匹の首を掴んで仰向けにしたあと、口にくわえていた柄を手に持ち替えて腹を深く斬った。次の木で最後のはずだ。膨張してきている爆弾を見て、背中が震えていく。


「絶対に、倒してやる」


 そんなセリフを言っても今は恥ずかしくない。前傾姿勢から足を蹴って飛び込むような形になると、大きく刀を振った。倒すと同時に木の外に出てしまい、破片が当たりそうになった。


(……恥ずっ)


 口で顔を隠しながらも、今までで一番楽しいと思えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ