第百四十四句
「贅沢が一番だよ」
変わらず木々を通り抜けて進んでいると、再びあはれが背中にぴったりとついてきた。と思いきや、銃を浅茅の肩に置いて台代わりとし、容赦なく引き金を引いてくる。これにはさすがの浅茅でも右側に倒れた。鼓膜をちぎりに来ている爆音と反動で体が持たない。
「あはれさん……いきなり……何を……」
まともに話せない状態だったが、あはれが見せたその物体を見て納得した。その右手には額を撃ち抜かれた影狼が首根っこを持たれながら血を流している。立ち上がった頃にはすっかり下半身しか残っておらず、珍しく吹いた風に巻き込まれて去っていった。
服についた煤を払いながら周りを見渡すと確かに影狼の気配が濃いことに気づく。だが一ヶ所に集合しているとはとても思えないため、場所の特定が必要だった。顎にたまっていた汗を地面に落としながらも、浅茅は和歌を唱えた。
『浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど』
胸に手を当てたかと思うと、いつの間にかその中には短い鉄パイプのようなものがひとつ握られていた。
浅茅の句能力:体温が上がった分だけ爆弾を生成
体温が一度上がると爆弾一個と引き換えができるようになっている。種類は状況によって変えることができる、優れた能力だ。だが、三十分の運動で上がる体温はたったの一度だ。どれくらい武器が生まれるかは、本人の動いた量次第。浅茅曰く『パイプ爆弾』と言われるそれを思いっきり、なるべく遠くへ叩きつけた。威力は比較的弱いそうだが、危ないものは危ない。走れる距離まで走ってから木の後ろに隠れた。
しばらくは何の変化もなかったが急にパイプから煙が立ち込めたと思うと同時に破裂し、破片が所々に散らばった。破片を当てないように体を縮ませて、耳に残った爆音の余韻に浸りながら収まるのを待った。
恐る恐る顔を覗かせると、投げたところの近くにあった木や隠れていた木に破片が刺さっている。何事もなかったように爆弾のあったところまで移動していく浅茅を見て怖くなったあはれは、少し離れたところからその様子を見ていた。
周りを見渡して行くと少しだけ地面に垂れているものが見えた。落ちるスピードやここから見える色としては確実に血だ。刀の鞘の根本を左手で握り、鍔を親指で押すとしゃがんで地面を蹴ると同時に勢い良く飛び出した。途中でその刀身を見せ、左側にもっていくと間合いに入った瞬間に素早く左から右へ振った。あまり音は聞こえなかったが、大きさで相当の重さがあることがわかる。影狼の頭だった。
駆け寄ったあはれに顔だけを向け、落ち着いた声で話す。
「パイプ爆弾は、破片を飛ばすのが目的で作られたものです。他の影狼にも――」
「逃げろ!」
思わず浅茅の言葉を遮ってしまったが、今はそんな状況ではないのだ。うっすらと、赤く光る目が見えた。顔が正面に戻された瞬間、それは波のように大きく迫ってきた。動揺して後ろに引いている最中に倒れそうになっているのを肩を持って止めると何発かまばらに撃った。数が多いのにも関わらず特にあせることもなく避けられたのに腹が立つ。
なんとか体勢を整えられた浅茅は何も考えずに影狼へ突っ込んで行く。何か言っていたようだが、聞こうともしなかった。ひとまず木の上にいるものめがけて刃を出し、座っている枝が胸に来るくらいまで跳んだ。流れるように脇腹を斬って着地すると、バランスを崩して落ちたその音で一斉に注目が浅茅に向いた。飲み込まれるかと思うほどの数が襲いかかる。
ちょうど正面に着地するであろう数匹がきれいな一直線に並んでいることに気づくと、鞘のそばに刀を持ってきて左から右へ大きく振った。波がぱっくりと割れ、周りよりも早く落ちてくる体を踏み台にして輪の外に抜けた。顔や服の血が増えたことで怖がられたものの、噛まれるリスクは減った。
だが、後ろを向くとがむしゃらに逃げている姿があった。あのまま逃がしてしまってはさらに被害が増える。
「自分はあれを追ってきます。博士からもらった小型無線がありますから、何かあったときは連絡してください」
「待っ……て」
はっきりと声が出ず、引き留めることはできなかった。みるみるうちに表情が歪んでいく。
「僕は一人じゃ、何も出来ないのに……」
目元が熱くなってきていた時に、後ろから茂みを分ける音がした。