第百四十一句
「あぁ、本当にひどい」
くらぶと誓の目が合ってから地上での奇妙な行動が始まっていた。影狼たちの周りを大きく一周してまた戻ってきていたのだ。その際には特に下へ刃先を向けていることが多かった。まるで優雅に踊っているかのように何匹かを倒しながら元の位置に戻ってこられる。
顔の前に合った人差し指が向いた先は地面だった。視線を少しだけ前にやるといつの間にか薄く切れ込みがつけられていた。多少雑だが長方形を模していることはわかった。しばらく理解できなかったが、急いでいる様子なのでひとまずその線に沿って弾を撃ち込んでみた。足りるかどうかはわからないが、いつの間にか『かみさま』の罰は解けており時間がない。
なるべく下書きに沿って撃つとその内側にいる影狼がみるみるうちに中央へ集まっていくではないか。外側に逃げようとしているものを共同で片付けると枠の端に移動した。
分かりやすくしたとはいえ、一か八かだった。剣を肩にのせたまま少し傾けて右に寄せると上半身を前のめりに、今にも転びそうな姿勢になりながら腕を伸ばして下に垂らした。ゆっくりな動きとは裏腹に剣の重量で落ちてくるスピードが早い。
あっっという間にまっぷたつになった影狼へ蔑むような目を送りながら奥へ進むと、前にいた仲間が一瞬で消え去るところを見て逃げ出した。だが、くらぶが境界線を作るように地面に穴を開けてゆく。かなりのスピードなので一度外に出ようと思ったら体にも穴が開いてしまう。
仕方なく誓へ顔を向け、素早く取り囲んで一斉に飛びかかった。正面にいるものの頭に柄の先を突き刺し、埋めるかの勢いで動けなくさせた。しゃがんだことで後ろが見えやすくなると、頭の上までに来ていたのを左手を離した状態で串刺しにした。その流れで左に腰をひねって三匹ほどを数メートル先まで飛ばした。切る、というよりは打ち付けるかのようにして。残りの数匹はというと、またもや『かみさま』の存在を忘れていたことで先程のくらぶのように足を縛り付けられていた。
力を使うまでもなく斬り倒し、灰になったのを見ると歩きながら解除の和歌を唱えた。
『人の命の 惜しくもあるかな』
地上に降りると同時に木に打ち付けられていた三匹を撃ったくらぶと合流し、周りを確認する。井戸も残党もなさそうだ。姿見に戻ろうと歩いているときに、またもやくらぶは不服そうな顔をした。
「そういえば、アンタが即興で考えてたあの作戦は俺がやっても良かったんじゃないか?」
銃の方が効率がよいのは一目瞭然。少し上を向いてしばらく考えた誓の答えはこうだった。
「逆ですよ。銃は狙いを定めるのが難しいから、近距離だとリーチのある私の方がとどめを刺すのには向いているでしょう?それに、くらぶさんのことは完全に信用していなかったので」
前半の説明はともかく、後半のからかいは検討のついていたことだったのであまり触れずにいた。それで収まったと思いきや、更なる追い討ちをかけられた。
「そういえばあの勝負、私の勝ちということでよろしいのですね?」
「っはぁ!?どう考えてもおかしいだろ……痛ッ!」
黒マントに刺されていた背中が痛む。これ以上しゃべると悪化しそうだったので反論はできず、誓の顔にどんどん見たら怒り狂いそうな表情が形成されてゆく。ため息をついて夜が明けてくる空を見つめた。
あっという間に完治したくらぶは再び誓と向き合って茶会をしていた。特になにも考えずに見つめていたのは、相変わらず豪華な誓の服装だった。
「なぁ、何でいつもそういう服を着ているんだ?」
「いいでしょう?百人一魂として生まれて、はじめて鏡を見た日から思ったのですよ。我が主から継いだこの顔を持ってしないわけないじゃないですか」
『また始まった』とでもいうような表情で顔を背ける。だが、今回は少し違うようだった。
「それに一番は……」
「まだ他に理由が?」
ティーカップを両手で持ち上げたその顔には、気のせいか影がかかっている。
「……いえ、何でもないです」
特に気には留めなかったが、その表情は話が終わってからも続いていた。