第百三十九句
「本当にひどいことをしたよ」
くらぶが敵の目の前まで着くと、その後ろに『かみさま』がいることに気づいた。能力を発動させた誓本人には、罰が下されないため無害。能力のお裾分けといったところだろうか、どれだけ動いても同じように正面へ動いてくれる。便利なような、鬱陶しいような気もしながら銃を撃った。先程対戦した者にあるはずのフードの傷がないため、もう一方だとわかる。十分強いので動きに多少違いが出るだけだ。だが、その違いでは怪我を負うリスクも高まる。
この距離だと影人のときにしたように、相手の銃口を詰まらせることは無理そうだ。それでも諦めずに距離を詰めていくと、お決まりの罰がが発動し続けた。『かみさま』の存在を忘れさせるためにはこちらの行動に注目させるしかない。三十秒に一回巡ってくるチャンスを逃さず、に両手で押さえている箇所に目を向けた。
(痛くなる箇所の順番は大体つかめた。でもそこからどうする……?)
銃を持っている右手がもうすぐ回ってくるはずだ。なかなかに絶好の機会だ。なるべくそこで仕留めたいが、どうすればよいかはわからなかった。三十秒といっても感覚的には長い。マガジンの残りなど検討のつかず、すべてを使い切るよう仕向けても間に合わない。焦りを感じているのか連射してきて近づくのが難しくなっている。マガジンの装填速度はやはり人並み以上だ。
ついていけなくなると一度足を止め、高みの見物をしている誓に顔を向けた。
「後は頼んだ」
自分でも思うほどずいぶんとぶっきらぼうな言い方だ。それでも何かを悟ったらしく、笑いかけた。弾の嵐が当たるのも時間の問題。少し急ぎ目に深呼吸してから、もう一度能力を発動させた。
『逢ひ見ての のちの心に くらぶれば』
この状況でわずかにある感情が誇張されてゆく。それは『楽しい』だった。背中がぞくぞくする。思わず両手で肩を押さえたくなるような悪寒がする。だが、それは心配するようなものではない。自然と顔が引きつった。周りの音が何もかもシャットダウンされたような気がしながら近づいてゆく。
レバーを引く速度と引き金を引くテンポが速くなり、客観的に見ても面白いくらいだ。マガジンをかえる一瞬の隙をも使って撃ち続けると数か所に当たって布が破けていた。加えて罰もあるためもはや釣り合わないほどの強さだ。銃口をなるべく前に出せるようにして、懐から出したマガジンを撃って使えなくすると次を出そうと左手がマントに隠れる。そこを下に引っ張ると大量のマガジンが地面にばらまかれた。
今までなぜあんなにも軽い動きができたのかと思うくらいの量だ。ひとまず取ろうとするところを押さえて背中に足を当て、強制的にしゃがませて動けなくした。それと同じくらいに右手の痛みが発動したのか、一気に動きが大きくされて手を離してしまった。
しゃがみ込んでひたすら右手を押さえているが、マント越しでもわかるほど痙攣している。もがく姿を見て、くらぶは一度後ろに引いた。だが次の瞬間、銃をしまって走り出した。
「とどめだっ!」
そう叫びながら右肩に乗ると、さらに痛みが増して銃を離してしまった。倒れこむと同時に着地すると、再度近づいて胸ぐらをつかんだ。もう怖気づいて動けなくなっているところへ銃口を当てる。引くか引かないかの寸前で人差し指を止めていた。
「あぁ楽しい。撃った後の顔はどうなってんだろうなぁ?」
歪んでいる顔を見せていよいよ絶望を感じさせる。その時だ。いきなりくらぶの腕が上半身にぴったりとつけられた。うまく動かせないようで小さくうなっている。その後ろには、困り眉の誓が見えた。
「まぁ、くらぶさんまで無視してしまうなんてひどいこと。しばらく見えない糸で拘束させてもらいますよ」
すっかり『かみさま』の存在を忘れていたくらぶには罰が下ってしまった。だがこれは能力発動前の本人が頼んだことだ。
危機一髪のところで死を免れたその者は怪我で動けなくなっており、今ならその姿が暴けるだろう。近づいて手を伸ばした。だが、その後ろにいたもう一人が飛び掛かってくる。どこに隠れていたかはわからないが、いままでこちらの様子をうかがっていたのだろう。少し手間取りながらも大剣を振避けると軽々と頭を飛び越えられて指を鳴らした。目の前に現れた井戸へ跳びこまれ、またも逃がしてしまった。