第百三十八句
「神は許してくれないでしょうね」
相手の動きなど関係なしに正面から影人へぶつかりにいく。もちろん単純すぎて止められたがそこから離れることなく攻撃の姿勢にはいった。
くらぶはマントから出てきた銃口と自分の銃口をぴったり合わせて撃った。詰まらせて使えなくすると体勢を斜めにして右足を相手の左足に、両手で肘辺りを掴んで思いっきり蹴るとその場で倒れた。左手を頭に移動させて強く打ちつけたのでおそらく気絶しているだろう。急いでフードを剥いでポイズンリムーバーで毒を抜くと体をまたいでその後ろにいる者に目を向けた。
対して誓は最初に近づいたときから一歩も間隔を空けずに移動した。相手が引いたら自らが進み、進まれたら下がる。大剣だとだいぶ扱いにくい間合いの取り方だが、誓は主に下を突き刺すようにした。よく見るとこの影人は裾が他よりも長い。サイズが合わなかったなどの問題があったのだろうが、これは好都合だ。こちらが前のめりになるように押し引きを繰り返すと、ようやく裾に突き刺さった。後ろに行こうとしているときだったのでこけそうになる。
手で頭を押さえると同時にフードを引っ張ると、光沢のある髪を持った女性がいた。容姿は美しいのだが、それ以上に牙をむいてきて凶暴だ。剣から右手を離して優しく首の根元を押した。たちまち気絶したのを見てそっと離し、その横を通りながら地面に突き刺さっていた剣を抜く。
「「影人は倒した!」」
まるで前もって準備していたかのように言った二人は同時に睨み合いながら残った者たちへ顔を向けた。
「まだ気絶してないんじゃないの?」
「そちらが早とちりをしたのではないですか?」
互いの言葉でさらに言い争いが加速しながらも、その手は止まらなかった。ふと、誓が和歌を唱える。
『忘らるる 身をば思はず 誓ひてし』
誓の目の前にいた者は驚いた。その後ろにうっすらと、人の形が浮かび上がってくるのだ。それは徐々に濃くなってゆくと黒髪の綺麗な十二単を着た女性の姿になった。浮いているのでわかりにくいが、大きさは人間と同じくらいで静かに目を瞑ってたたずんでいる。
一瞬その姿に魅了されたが、それをかき消すように誓が迫ってきた。大きく半回転してきた刃先をギリギリのところで避けると、再び地面に突き刺されてそれにひょいと飛び乗り、後ろを取られた。振り向く瞬間に一発撃ったが姿はなく、顔を見回した。
その時だ。一瞬だけ息が詰まったような感覚がしたと思うと、いきなり腕に痛みが走った。向こうにいる仲間も同じようで、思わずそこを押さえてしゃがんでいる。剣が動いたと思い後ろを見ると、さっきよりも後ろの女性がはっきりと見えた。
「あーあ、人を無視するなんてひどいですね」
「やっぱり能力使ってたのか」
この状況下でもあまりに冷静なくらぶの声が聞こえてから誓は得意げに話し始めた。
「人を無視する……。私はそんなことをされても許すんですけどねぇ、『かみさま』はそれが一番嫌いだそうで」
『かみさま』と呼ばれて指された女性はどことなく悲しそうな顔をしている。するとまた、今度は頭が痛んだ。
誓の句能力:無視すると罰を下す式神の操作
「『かみさま』は無視するとその時の気分で無視した方に罰を下すのです。えぇっと今は……三十秒ごとに体が痛む。だそうです」
能力が発動されている間は、頭のどこかで常に『かみさま』の存在を入れておかなければならないというわけだ。説明が終わったところで腹を軽く刺されたような痛みが走ったが、それでも立ち上がった。『かみさま』へ当てようとしたものの、そもそも当たらないのに加えて誓が移動させてかする事すらない。
動揺している間に『かみさま』を相手の背面に設置すると、勢いよく飛び出した。少し油断していたくらぶは装填を済ませ、先ほどのように目を見ながらひたすら前へ進んだ。