第百三十六句
「裏切ったのね……?」
誓の目先には何人もの黒いマントを着た人物がいた。舌なめずりをして頬が引き締まるような笑みをしながら、左手に持っていた大剣を鞘に納めた。
(なるほど『ここから本物を見つけろ』って訳か。万が一のために鞘を付けておこう)
柄の先を空に向けると十字架にも見えるその大剣を肩に担ぎ、できる限り足を広げて手招きをした。簡単に誘導された者たちに向かってだんだん速度を上げながら突進してゆく。ヒールという不利な点がありながらも身のこなしは軽く、両手でないと振れないような剣が軽やかに動いている。
全員が銃を撃ってくる。動きはほぼ同じで、銃を使いなれていることがわかる。だた、それでも移動するときが不自然だ。刃で顔を隠すようにして弾を当たらないようにしながら、その不自然な歩き方をしている者に近づいた。
(あの銃はオートマチックピストル……。一般的なものなら最大装填數は十五発だな)
心の中で何発撃たれたかをカウントしているとあるタイミングで引き金が軽くなった。その瞬間に飛び出し、まるでただ通りすがっているようにして肩に鞘を当てた。
得意気に顔を後ろに向けるが、予想と反してマントから浮かび上がっているのは人形のままだった。しゃがむと思いきって布を剥いだ。するとどうだろう。苦しそうな顔で気絶をしている若い女性がいたのだ。これは影狼ではなく、影人だ。急いでポイズンリムーバーを取り出し、毒を抜くと安らかな顔になった。
すぐに背後から気配がする。女性をどこかに移動させなければならない。一度剣をしまうと少々雑に抱きかかえて避けた。木のそばに隠れさせると集まってきた者に向かってにらんだ。
(しかし都合のよい。確かに最初に姿見でワープした先は森の入り口。道には整備が施されていたから近くに町かなにかがあってもおかしくない)
影人にする者を集めるのは難しくなかったということだ。動きの速さや、一目見たときの怪しさが感じられないことから操っているものがいることがわかる。周りを見てもいないことから、今自分を囲んでいるマントの下にいるのだろうと思った。
今まで、操ってきた影狼を思いだすと高く跳んだ。背中に剣を持って大きく振り下ろす。
(今までのものを思い出すと、影狼の視界に入っていなければ操れない。それなら、全体が見渡せるのは……)
一番端の者の顔の前で刃を寸止めすると相手は反射的に両手で止めにいった。手が使えなくなっている間にフードを強く引っ張ると牙を向いた影人だった。一度剣を降ろすが間合いから一切出てくれない。勢いを出して後ろに向かって歩き、その途中で前触れなく足をかけた。足はそのままに体を右に移動させて避けるようにすると前傾姿勢になってこけそうになった。右手を掴んですかさず止めると首の後ろに強い力を込めて気絶させた。
首元の傷を見つけ、そのままの体勢でポイズンリムーバーを出した。まだ敵は多いが、操っているものがこちらを向いていることがわかった。範囲を絞りたいのでさらに中央へ突っ込んで行く。
少し強引に突っ込んで行き、さっきいた場所のちょうど反対側に来た。多対一だとすぐに視線が集まるので一度林に身を隠してそこを大きく一周する。その際に時々、わざと大きな音を立てて正確な位置を特定されないようにした。おかげで一周し終わった頃の目線は最後に音を出したところだ。影狼の指示役とは言えど罠にはかかる。
あまり焦らしてはいけない。お得意の笑いをしながら茂みから飛び出し、一番近くの者を気絶させた。その異変にはすぐに気づいて全員が振り替えると、中央にいた者の後ろがまるで狂ったかのように追いかけてきた。素早く剣を右から左へ流すとあっけなく木に当たって気絶する。あまりの速さに棒立ちしているところへ、誓の透き通った声が響いた。
「あぁ、私ったら本当に視野の狭いこと。全体を見渡せるから端の方にいるかと思いきや、まさか中央だなんて!」
今まで全員は前を向いていた。操られ始める速度と前にいた人数を把握していればどこにいるかはわかる。それがまさか、中央にいたなんて思いはしなかったが。
顔に手を当ててため息をついているようなしぐさを見せたその者は、誓に向かって指をまっすぐ指した。