第十三句
「和歌は消えない!」
高嶺は少しいやな予感を感じていた。背中が凍るような感覚がする。
(……きっと、気のせいだろう)
風が強くなってきたので、かぶっているベレー帽を押さえながら前に進んだ。すると、目の前に広がる風景に違和感を覚えた。硬く、丈夫な竹のそばにひらひらと揺れる同色の何かを見たのだ。
(着物の袖?)
頭を巡らせて月の話を思い出した。監視役だ。きっとまだ人に化けながら自分たちを監視するつもりなのだろう。音をたてないように鎖鎌を取り出した。
「袖が見えているじゃないか。そんなんだから僕に見つかるんだよ?」
鎌の先端をうまく袖に引っ掛けることができた。布がちぎれないよう素早く鎖を後ろに引くと、小袴を着た男性が出てきた。赤い目が暗い竹林の中でもよく見える。先についている鉄球をなるべく大きく横に投げると男性が軸となりあとは遠心力で体に巻き付く。これで簡単に拘束できた。手が使えなくなり体勢が崩れたところを狙って袖から外れた鎌を持つと首に当てた。
「君が監視役だな?仲間の場所を吐いてもらおうか」
影狼は全く抵抗しようとしない。その大人しさに疑問を持っていた高嶺はあることに気が付いた。小袴の裾に汚れが多く見えるのだ。移動するときは元の姿に戻ればよい話だというのに。さらに足には切り傷がいくつもついている。竹林の中で特に怪我しそうな場所はなかった。されに疑問が深まっていると男性は口をパクパクし始めた。何かを伝えたいようだ。
「た……すけ……て……」
か細い声だったが、聞き逃さなかった。
「まさか、この前の……」
反射的に男性から鎖を外して後ろに離れた。そして鵲の言葉を思い出した。高嶺はこの前の鵲の電話を聞いていたのだ。
『一度会った人と同じ姿の影狼――』
それは当たり前のことだ。だが、それを話している鵲は真剣だった。それにもしかしたら、この男性は自分の意志で戦っていないのかも知れない。
(この人は殺しちゃだめだ。でもどうやって……)
高嶺はあるものを持つと男性の正面に立った。
「やっぱり僕は冴えてるね!」
鎖鎌の先端についている鉄球にマッチの火を近づけると火花が散り始めた。
『田子の浦に うち出でてみれば 白妙の』
それを男性と自分の中間くらいに置くと和歌の上の句を唱えた。高嶺はあらかじめ鉄球の中に少量の爆竹を入れていたのだ。ほんの少量の爆竹が、大きな光となって二人を包んだ。
高嶺の句能力:ものの威力を数倍にする
少し荒っぽいやり方だが男性は高嶺の見える範囲で気絶をしていた。
『富士の高嶺に 雪は降りつつ』
ボロボロになりながらも立ち上がると男性が来た方に歩いた。もっと奥に進むと見慣れた黒い影が転がっていた。影狼だ。おそらくこれが報告役なのだろう。鎌を後ろに振ったが、ゆっくり下ろすとしゃがんで影狼の口を開けた。
(やっぱり噛んでいる。だがなんだ?この色素は)
歯の先に少し紫に近い色の何かが付いている。いやな予感がした高嶺は気絶している男性のところへ走った。血が出ている箇所を隅々まで調べると首から一筋の血が垂れていた。出血が悪化しないように傷口に触れると予想通り、さっきと同じ色素が指についた。しかも傷の形からして牙だろう。
(この色素がカギになりそうだな……)
男性を見ているとまたおかしなところが目についた。男性は無精ひげが目立つのだ。小袴も所々に皴がある。もしかしたら何日も外に出ていないのかもしれない。その状態だと影狼に見られるはずがない。ということはコピーされたとしたら今日ということになる。だが今まで人の姿をコピーしている影狼のこのような傷はない。高嶺は頭をフル回転させて、ある仮説にたどり着いた。
(まさか……一般人が影狼になっている⁉)
影狼が人になることはあるが、特に変わったことがない一般人が影狼になるのはあり得ない。でも、もしそうだとしたら?
(正しかったら色素の正体も見当つく!)
急いで携帯を懐から取り出したが、いくらかけてもつながらない。焦りながら画面を見た。
「ここ圏外だった……」
携帯をしまうと、月たちが行った方へ強い眼差しを向けた。
まだ涼しい風は止まらないようだ。
いつも百人一魂の観覧などをしてくださり、ありがとうございます。
皆さんに質問、ここまで出てきた中で好きな人はいますか?