第百二十七句
「できた、最高傑作が!」
まだきが木の上へ身を潜めてしばらくすると、影狼が数匹集まって秩序よくならんだ。体勢を整えながら少しの力で矢を放つと、予想以上の強さで地面に刺さった。惜しくも当たらず、衝撃で幹が揺れてしまったので一気に目線がこちらへ向く。
(本当はもっと静かにやりたかったが……仕方ないな)
両足だけで枝をひょいと越えて行くと、頂上で仁王立ちをしながら弓を勇敢に構えた。風が吹き、羽織が体を後ろへ引っ張ってくる。それでも踏ん張って片目を閉じ、指の血管がはち切れんとばかりの力で弦を引いた。風を巻き込みながらも暗闇でも目立つ白羽の矢はまっすぐ地面に進んで行く。
それはしっかりと影狼の体を捕らえた。太くしっかりとしているので倒れることもできずうつ伏せになるように倒れていった。目線が移動してくる前に枝の分岐点へ落下した。二メートルの弓なんかがそう簡単に木々を移動できるわけがない。ましてや姿を見られたら厄介のなのだ。運よく一回りほど大きく行動範囲の広い木に隠れられた。
周りを囲まれている訳ではないので、死角や葉がより多く生い茂っている場所を選びながら着々と影狼を倒した。
だが、枝から分岐点に着地しようとしたときだ。足を滑らせて派手に木から落ちてしまった。後ろからなので背中から腰を強打した。当然、姿も見えて影狼のにらむ目は一層険しくなった。痛みが相当残っており、すぐには立ち上がれない。弓をつかみながら両腕の力で上半身を起こし、なんとか立つがやはり動けそうにない。そんな状況を考えもしない影狼はただ突進してこようと走ってくるばかりだ。
一歩でも動いたら体勢を崩すと判断したまだきは、額の汗をぬぐって溜め息をつきながら和歌を唱えた。
『恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり』
胸の前で左腕を伸ばし、手をめいっぱい握って拳を作ると急に目の前の影狼たちの動きが止まった。かと思いきや咳き込んだり苦しそうにし始めた。中には地べたに這いつくばりながらもがくものもいる。しばらくそれを続けると窒息してしまったのか、静かに倒れていった。
まだきの句能力:その場の動きの効果を遠距離へ反映
まだきの行動を指定した場所に広められる、なんとも便利な能力だ。今回は手を握る動作を影狼の首もとに反映させ、あたかも同時に首を絞めているかのようにした。姿が見えないので敵を混乱させるのにも使える。
(できれば私は自分の実力で戦いたい。でも今回ばかりは、お手上げだな)
『人知れずこそ 思ひそめしか』
周りを見渡し、誰もいないのを確認すると背中に激痛を抱えながらも移動していった。
ものやの顔には、すでにいくつかの切り傷があった。弾丸を避けるのは難しい。加えてあちらは二人もいるのだ。わざわざ場所を把握して避けるのは難しい。大太刀を使いながら弾丸を止めるも、間合いに入ることができず一切近づけていない。
「ははっ、だめだ。全然倒せない」
どうやっても常に挟み撃ちで来られるため目の行き所に困る。袖を内側に向かってまくると見かけによらぬ頑丈な手が力強く柄を握っているのがわかった。正面の背が高い者に向かって低い姿勢になると上半身を左右に動かしてなるべく弾が当たらないようにした。
ようやく間合いに入れたところで刃を銃で押さえられた。一般的な物とは聞いていたがかなり固い素材が使われている。銃口を切って使えなくするのは無理そうだ。強い力で後ろの木に背中をつかせるようにしながらも柄の持ち方を逆にした。右へ時計の針のように刃先を下ろすと左手で銃を横向きのままにする。かなり強く抵抗されるものの首元に刃を近づけると少しだけ力が弱くなった。
「抵抗してみろ、ご愛用の武器でとどめ刺してやるからな」
上目遣いに睨み、低い声を吐くと動きが完全に止まった。だが、その瞬間自分の背中に当たった何かがカチッと鳴った。