第百二十二句
「私ったら幸せ者ね!」
波が着地した先は宵と影狼のちょうど間だった。円柱のような形で地面にめり込んでいく様は二者を隔てる小さな部屋のようだ。うまく波の上で姿勢を保ちながらその部屋の中で動揺しているところに声をかけた。
「宵さん!能力を使ってください!」
はっとした様子でフードを被るとかたみは左手で目隠しをした。いなくなっているのを確認するとふらつきながらも降りて壁が低くなるのを待った。
影狼たちはさぞかし驚いたことだろう。いままでいなかったはずの人物が唐突に目の前に現れたのだから。刃を背中に持ってきて大きく振りかぶると後ろに避けられた。だが、すかさずそこへ宵の銃弾が飛んでくる。もう包囲していたものはいない。本当に後先考えずに行動したのは影狼だったのだ。一斉に前線へ飛び出したことではっきりと数がわかった。今度はこちらの番だ。波を全方位から出して逃げられる範囲を少なくする。少しだけ視界が暗くなるので宵が瞬間移動をしやすくなった。
ある程度の間合いをとってから正面に向かって突っ込んでいく。だが怯まず、威勢良く向かってきた数引きはすぐに目の前へ来た。この状態で普通に刺そうとしようものなら避けられる。加えて一匹への集中攻撃になるので周りが応戦に来るだろう。そこで、体を反らせて膝に力を込めながら脇腹に柄を当てて後ろの短い先端を向けた。腹の周りを一回転してくる間に強い力で数匹を右へ吹っ飛ばした。
木の後ろから出てきた宵は後ろを向くと同時に射撃を始める。さっきよりもかたみの動きが生き生きとしているのでこちらも楽しい気持ちだ。迷わず姿を表すと気づいたようでうまい具合に数が分散してくれた。
赤に包まれた右目を押さえながらもその早さは変わらない。なるべく終着点が地面になるよう数発撃ってから体の方向はそのままに足の裏へ力を込めて後ろの木へ飛び乗った。隠れたのかと思いきやいつのまにか後ろから微かに音がして周りが次々と倒れて行く。後ろを向いてもその姿が見当たらないと思ったら今度は上空からだ。
「ははっ!やっぱりこれ、また使いたくなっちゃった」
満面の笑みでゆっくりしゃべるのとは裏腹に素早く移動するため脳が混乱する。着地するとその反動の痛みで顔が一瞬こわばりながらもいくつかに分かれながら襲ってくる影狼に対して低姿勢で忍者のような走り方をしながら足元を狙った。かするだけでも大分違う。
その流れで木の後ろへ向かう。能力の原理がわかった一部はできるだけついていくがそれでも彼にとっては遅い。いままで通りどこにも姿が見えなくなったので軽く周りを見渡すが、別の木にも、後ろにも、上空にも見当たらない。もう一度目線を下ろしたところで額にコツンと何かが当たる。銃口だ。状況に気づいたものはすぐに反対側へ回る。だが、そうしても景色は変わらなかった。完全にこちらの動きを読まれていた。
一度引き金が押されると何回も額が傷つけられる感覚がした。後ろにいる仲間もきっとそうだろう。影狼たちは静かに木の後ろで灰になった。
(だめだ。目の傷が深くなってきている。特別医務室もあるが……なるべく医者を困らせたくはない)
あまりにも大きな傷だと早くて一日はかかる。このまま腐敗でもしたら白菊でも直せないだろう。宵が動けるのも時間の問題だ。
宵が目をおさえ始めたのを見ていよいよ時間がないことを知った。大分減ったものの固まっている場所が異なるため一気に倒すのは難しい。幸い、宵のもとにいる残りは内側よりだ。
「残りの影狼、俺のところと合体させて倒しましょう!」
「わかった」
これは宵にとって好都合だ。今、両者は時間勝負の中にあるため一刻も早く倒す最適解と考えられる。宵は郡を飛び越え、影狼を引き付けた。
いよいよ、ここらの影狼は倒し終わる。再度顔を合わせるといつものように攻撃し始めた。宵が逃げ場をなくすように撃ち、注目を引かせたところでかたみが薙刀を当てる。だが今回は明らかに違った。宵が銃口を向けていない方でもなぜか弾が飛び出してきたのだ。
同時にそちらを見つめた瞬間、銃口は二人の体を向いてきた。