第百二十句
「さすがおじい様」
「負けていられないね」
(うーん、今回は結構危なかったな)
かたみの能力の波は何でも越えられるが、『何でも』と言ってもそんなに自由ではない。高さには基準が必要だ。周りを見渡してそこで一番高い木を基準にしようと思ったが、どうにもこの森は木の高さが低いらしい。運よくその中から十メートルは超えているであろうものを見つけたのでよかったが、なかったら影狼をとらえ遅れていただろう。
かたみは木の裏に身をひそめた。まだ井戸に変化はないが、これからどう動いてこられるかわからないので隠れていたのだ。井戸を見つけたら連絡するようにと宵に言われたので、無線を起動させておそるおそる話した。
「かたみさん、俺です」
『……詐欺には引っ掛からないよ』
「いやあの、オレオレ詐欺じゃないんで」
自分でも腑に落ちるツッコミができたところで井戸を見つけたと報告した。宵はしばらく周辺を探索していたそうだが何もなかったとのこと。
『じゃあ、すぐに行くよ』
「どれくらいで着きますか?」
『今すぐさ』
わけのわからないことを言われたと思うと、目の前にかたみの顔を覗き込むように見ている宵が現れた。あまりに急だったので幹に背中を強打する。
(忘れてた。宵さんの能力って瞬間移動か……)
腰を抜かしたままのかたみを横目に、宵は立ち上がって井戸を見た。
「いやぁ難しいんだよ?瞬間移動って。移動したい場所を思い浮かべないとできないんだ」
「えっ、じゃあ今はどうやって……」
「遠距離の様子なんて読み取れるわけないじゃないか。だから、かたみの顔を思い浮かべてたらいつの間にか着いててね」
どうやら場所だけではなくそこにいる人を思い浮かべてもできるらしい。「正直驚いた」と言っていたがそれはこちらのセリフだ。
急にしゃがんだと思えば人差し指を唇に当てて静かにするよう言われた。目が深刻さを物語っている。静かにしながら前を見ると影狼が何匹も出てきて周りをきょろきょろしていた。噂は本当だったのだ。宵がさっとフードを被るともう一つ奥にあった木に身を潜めた。少し周りに風が起ったと思うと反対側で手を振っているのが見えた。
主同士が親戚で交流が多いので、言いたいことはなんとなくわかる。木の陰から少しだけ体を出すと右手で肩に担いだ薙刀を支えながら片手で地面に触れた。かかとを少しだけ浮かした瞬間、一斉に反対側から飛び出した。ただ驚くだけの影狼たちを最初のように手分けして倒していく。宵が銃を連射して動けないようにする。避けようとしてそちらに目線が行っているところを後ろからかたみが薙刀を大きく振って倒した。
何も抵抗してこず、あまりにあっけないので逆に心配になりながらも、とりあえず今いるものに集中する。派手に動くこともなくすべて倒すと、互いに会話できる距離まで近づいた。
「なんか……終わりましたよ?」
「いや、まだだ。まだ何か――」
井戸の少し上できらりと光っているものを見つけたのは、そこまで言ったときだった。微妙に宵の方へ向かっているそれは大きな音と共に飛び出した。宵は身体を少し反らして避けたが、右頬に細い切り傷ができて血が垂れていた。すかさず井戸を見たが何もなかった。
近づいてもただ果てしない暗闇があるだけ。かたみは恐怖すら感じた。
「今のは……」
「玉君が言っていたじゃないか。『何者かによって銃が撃たれた』って」
確かにかたみも聞いていた話だ。しばらく考え込んでいると、銃弾だけが井戸から飛び出してきた。再度腰を抜かしてそこに座り込んでいると、宵が大声で叫んだ。
「かたみ、能力を使うんだ」
今は宵を信じることしかできない。能力を発動させ、ある程度の高さの波をつくると井戸にかぶせるようにした。できるだけ波の終着点を井戸の中にするよう調節していく。見かけによらずあまり深くはないようですぐに水が満杯になった。
いつの間にか瞬間移動していた宵が前に来ている。銃口は明らかにかたみの顔に向いていた。
「右に避けて」
理解したところで体を右に傾けると容赦なく後ろにいた影狼に弾丸を放った。隣に移動して着地すると後ろを向く。まだ影狼が残っていた。再び二人は武器を構えると、息を合わせて大群の中に突っ込んでいった。