第百十二句
「なんで会えないかな……」
玉にはもう体力がない。やはり姿が幼いので消耗が早いのだろう。これ以上影狼が出てくると厄介なので、なくはは見張りを任せた。
探すと言っても影狼の行く場所は大体固まっている。わずかに続いている足跡をたどった。考えすぎても時間を食うだけなので一直線に進んだ。なるべく爪先を使うことで足音を立てずに近づいた。音がばれるとまた逃げられてしまう。
しばらく進むと、また違う開けた場所が見えた。茂みに隠れると確かに影狼たちが集まっている。葉の中から銃口を少し出して撃つと、注目している間に反対側へ回った。勢いよく飛び出すと二、三匹に命中させた。一度は止まったものの、すぐに手足を睨みながら近づいてきた。わかってはいるが、さすがにそんなことで諦める連中ではない。
引き金を引くとともに響く爆音で一瞬だけ目を閉じたことを確認してからすり抜けると、もう一度反対側に駆け抜けた。地面がぬかるんでいて足を急に止めると泥に沈んでしまう。あまり激しい動きはしないほうが良いだろう。方向転換してくるところさえ今の状況では大きなチャンスだ。銃を横に並べて当たる範囲を大きくしたが小回りを利かせながら鮮やかに避けられた。
軽々と撃っているが一発一発の負担は重い。反動も大きくいまだになれない部分もあるので細かい調節が必要だった。数を順調に減らしてきているものの、さっきよりも仕留めるのが難しくなっていた。
(コイツらは目的をすでに理解してる。こちらがあまり動かなくても間合いに入れるのはいいが、とにかく休みがない)
足元から遠くの地面に向かって弾丸の道をつくる。足を狙う影狼を離すためだ。遠くに避難されたと思ったがよい助走距離として使われた。頭上に影がかかったと思うと急いで両手を顔の前でクロスさせて同時に来た二匹へまっすぐ弾を放った。
まだいたはずだ。両腕を目いっぱい広げて全方向に銃が向くようにする。だが、気配すらなかった。気づいたときには肩に影狼の牙が食い込んでいた。単純なことだ。なくはの後ろにあった木に隠れていただけ。恐らく足元に注目していた時だろう。上半身の力が抜けたかのようになる。影狼は正面に移動して勝ち誇ったような顔をしていた。
「――残念」
だが、なくはもそこで諦めるような人物ではない。傷は元からなかったかのように消えており、体を起こして再び銃を構える。能力のおかげだ。だが、なくなったとてその痛みは残る。あまりにも休みなく攻めてこられるのでさすがに呼吸は整えたい。そう思って木の裏側へ隠れると残り少なかった弾丸を装填した。
木が揺れたような衝撃が背中に来ると、銃口を上に向ける。見下ろしてきた赤い目を確認して撃って再び影狼の前に姿を現した。残るは数えられるほどだ。一匹に集中しやすい代わりに広い範囲で逃げられる。なくはを囲むように並んだところへ銃や目を向ける。また一度で襲ってくると思ったが今度はタイミングをわずかに変えるらしい。最初に来たのは左側からだ。すかさず左手が引き金を三回引く。
次に正面だ。右腕を顔の前で伸ばすと後ろと右手側が空く。もうその展開は互いに把握済みだ。同時に後ろと右の影狼が来て爪をむき出した。
「失礼」
音もなく現れた少年は剣を左手に持ち替えて後ろの影狼を一突きした。右の影狼はそれに驚きながらも少年に近づく。両手で灰になりかけている影狼を掴みながら右足を素早く出すとそれは腹に直撃した。赤黒い血がついた剣を抜き、顔が上げられた瞬間に目の前で首が舞う。その一瞬ながらも華麗な動きに残りのものは魅了された。だが、気づいたときにはいつの間にか体にぽっかり穴が開いていたのだ。ようやく状況を理解すると倒れた。
なくはは一息つくと、剣をしまった玉に一礼した。だが、これは普通ではおかしいことだと気づく。
「井戸は?」
「それがですね――」
玉は真剣ながらも焦った様子で話し始めた。