第百十一句
『つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける』
解除の呪文を唱えると同時に目の前の影狼へ真珠を投げると溶けて水となり、影狼の体に染み込んだ。周りに大量にあったはずのものも地面に沈んでいったり木にかかっていたものは枯れ葉などを伝って落ちてくる。突然の出来事に影狼は困惑していた。
玉の能力は、ちはやの『物質の状態変化』と似ている。だが、決定的に違うところは能力を発動したままで変化できるか否かだ。玉は一度変化させると解除するまでは元に戻せないことになっている。今回はそれを逆手に取ってできたことだ。
雨上がりとはいえど、いままで固まっていた雨たちが落ちてくる。一滴もつかないかくらいの速さで互いにぶつかり合った。
まずは開いてきた口をサーベルで止める。徐々に刃が傷ついてくるのを見ると腹を蹴って距離を空けた。これは玉の戦いだ。なくはは手伝おうとせず、周りのものたちを片付けていく。続いて後ろからの影狼と挟み撃ちにされたと思いきや片方は刃、もう片方は手のひらで口を押さえた。口を押さえた方へ優先的に目を向け、腹の下から足を入れると持ち上げると手をなるべく捻って仰向けにした。
『白露に 風の吹きしく 秋の野は』
もう一度能力を発動させたと思うと、影狼の口をぎゅっと掴んだ。するとどうだろう、影狼がそこから固まってきたではないか。これは一か八かの作戦だったが、成功したようだ。あらゆる物体を真珠化させられるなら生き物だってできるはずだ。
見た目よりはだいぶ軽いそれをもう一方の影狼に投げつけると、避けられて木にぶつかった。何か割れたような音がする。だがそれでもよい。脆い宝石なのだから、傷がついているに違いないだろう。今解除したとしても影狼はさっきよりは早く動けない。
投げると同時に近づいていたので影狼が正面に振り返ったときにはもう目の前にいた。速足で逃げるが近くにあった木に触れるとまた大きな真珠が出来上がった。サーベルで切って枝を先端にして投げると、別の木に刺さりながら足止めできた。複雑に曲がった枝がうまく行く手を阻む。
完全に逃げられなくなっているところで膝を深く曲げ、高く跳んだ。一直線に落ちた場所はちょうど影狼の頭上だ。腹に刺すと枝にもたれかかりながら灰になった。
『つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける』
影狼が消え、そこに残っていたのは炭のような色をした木だけだった。幸い、真珠になった影狼は腹の半分以上くらいの大きな傷がついていたのですでに灰になっていた。
「なくはさん、ありがとうございました」
「ん?あぁ、礼はいいよ」
そう言って干飯を一つ口に入れる。他にはいなさそうなので井戸のある場所へ戻ることにした。
急いで戻ると、真珠化した布はなくなっていた。しばらく考えてからハッとする。もう自分は二回も能力を解除したのだ。一回解除すると今まで真珠化させたものが取り消されてしまう。それを考えると影狼はまた逃げ出してしまったのだろう。後先考えずにしてしまった自分の行動に怒りすら覚えた。
「後先考えずに行動した……どうしよう」
歯を食いしばりながら小言を言っている玉を見つめると、なくはは井戸に近づいた。
「……まぁ、やったことは仕方ない。でもその時はその時なりの対処法を考えたらいい。ほら、ここ」
指さしたのは井戸のすぐ近くにある地面だ。所々に動物の足跡らしきものが見える。
「玉君が最初に能力を解除したときなら、地面に合った真珠は全て水に戻っているはずだ。それで、さっきは土砂降りだった」
「……地面がぬかるんで足跡がつく!」
少し微笑むとまたその足跡を見つめた。
「そう。だから、最後までじゃないけど道はたどれる」
鋭い考察に思わず感嘆した。やはり逆転の発想は必要だ。
木の上に引っ掛かっていた布を見つけてまた井戸にかぶせると、今度はなくはが足跡をたどっていった。