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第百八句

「君は、食べるのをやめた方がいい」

 玉は精密な金属細工に真珠が取り付けられた柄のサーベルを取り出し、軽い身のこなしで影狼を倒していく。それと同じくらいの速さで、なくはも両手に持ったショットガンの銃口を影狼に向けていった。


 姿見に入った直後から 長い一本道が続いており、そこに連なるように二列で並んだ影狼がいた。内心驚いたものの二人ともそこまで動揺はしていなかったので、こうして無言の意思疎通が続いているわけだ。玉にとってなくはの性格はあまりよくわかっていなかった。自分から話しかけることは滅多になく、いつも何かしらを食べている。前にも一緒に戦ったことはあるがよくわからない人だ。


「なくはさん。そちらはどうですか?」

「ん、もう少しで終わる」


 列を乱さないまま襲い掛かってくる影狼にそれぞれが集中して戦う。玉ももう少しで終わりそうだったので、二列に配置された影狼の数は同じだろう。


 それにしても、なぜ最初からこんなにもわかりやすい位置に影狼がいるのだろうか。何かを企んでいるに違いない。慎重に行きながらもたどり着いた目先には井戸があった。


「これ、なんだろう」

(井戸?っ……まずい!)


 はっとして井戸の中に顔を突っ込んだなくはを止めに行った。案の定、急に顔を上げた目の前には影狼が大きく口を開けて――。


『逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに』


 確かに噛まれたのだが、口を離されても傷跡一つついていないではないか。


なくはの句能力:本人だけに利益のある状態の実現


 そのまま空中で影狼の腹にショットガンを押し付けると容赦なく数発撃った。すっかり彼の能力を忘れて突っ込んでしまったのが恥ずかしくなったのか、玉はその場で止まって少し下をうつむいた。


 なくはの能力はとても便利だ。だが、自分だけが利益を感じられることしか実現できないので管理が大変だろう。涼しい顔をして戻ってきたところで井戸を見つめながら話し始めた。


「なくはさん。あれは最近の報告にあった影狼の出る井戸です。気を付けてください」

「いや、俺のことは気にするな。影狼に何かされてもなかったことにできる。……それが俺にとっての利益だからな」


 井戸にはまだ影狼がいるだろう。報告書に書いてあったように木か何かで塞いで対処したいのだがどうやらここの木は都合が悪そうだ。高さもなく一つ一つの幹が細い。長い間誰にも管理されず、養分や水分が絶たれていたのだろう。とにかく、他の方法を考えなければ。


 なくはに相談すると、一緒に探してくれるらしい。だが探している間に影狼が大量発生してきたら困るので木の上に隠れて井戸から出てきたところを遠距離から撃つことを頼んだ。相変わらずの、よく言えば冷静、悪く言えば不愛想な表情でうなずく。それはお互い様なのだが。


 結局、別行動となった。勝手に決めてしまってどう思われているのか心配になるが、とりあえず今の目的は井戸から出てくる影狼を防ぐこと。一度サーベルを腰に付けた鞘にしまい、もう少し森の奥まで駆けていった。





 その場に取り残されたなくはが木に登っていると、さっそく影狼が顔を出す。ショットガンには紐がついていて肩に下げられる仕様になっているので、左手を離して狙いを定めた。まだ何をするかはっきりとわかっていないのだろうか。完全に体が外に出てもただ空を見つめながら座り込んでいた。


 短く鳴いてから倒れる影狼を見ながら幹の分岐点で雑に座ると、ポケットからなにやら袋を取り出した。中には干飯(ほしいい)が入っている。軍隊などでも使われていた携帯食で、これならすぐに腹が満たせる。


 袋の中に大量に入っていたはずなのに、もう半分もない。さすがに我慢しようと止めたとき、上から音がして思わず袋を地面に落とした。


「俺の干飯が……」


 降りようとするが何かに引っ掛かっている。木の幹にしては細いと感じて振り返ると、影狼と目が合った。引っ掛かっているこれは爪だ。急いで振りほどこうとして体を半回転させた。だが、そんな都合を知って受け止めてくれるようなものではない。


 なくはの体は、真っ逆さまに落ちていった。

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