第百六句
「さようなら」
しばらく戻ってこなかった四人が急に帰ってきたのを見てその場にいる全員が固まった。仕事のことは何も訴えられていないので心配されるのは当然だろう。
「四人とも、今までどこにいたんだ?」
真っ先に話しかけてきたのはいづみだ。考察力の高い彼にだけは、絶対に悟られたくない。
「いやぁ、買い物してたら道に迷っちゃって」
「あそこ、始めていくところだったからね」
どんどんいづみの顔が険しくなっていく。何とか納得してくれるまで話を続けた。
「……携帯を使えばここまでの経路はわかるだろう」
「それがな、春と白菊は忘れてきてて、俺と心は充電が切れたんだよ」
「ほぅ……。そんなに都合の良いことが、ね」
強い圧をかけられくじけそうになるが、その間にみゆきが入ってきた。
「まぁ、ちょっと待ってくださいよ。そこまで疑ってしまうと逆に本当のことが言えなくなってしまうでしょう?」
「む、確かにな。……疑って申し訳ない」
みゆきからのフォローにより、この一件は四人による言い訳が真実とされた。
夕飯が終わり、四人は再び特別医務室に行った。博士に報告するのに個室だと話がダダ漏れになってしまう。ここなら、あまり聞こえないだろう。博士に電話をすると一コールが始まって間もない時につながった。
『もしもし、白菊君?』
「はい。博士、なんか慌ててませんか?」
どうやら白菊たちことが心配だったようだ。仕事が伝えられてから丸五時間、一切つながらなかった不在着信が確かに溜まっていた。それも、十件を超えている。とりあえず主たちがどうなったか、その様子などを伝えた。もちろん、友則が亡くなっていたこともだ。少し沈黙が続いた後に、博士はゆっくりと話し始めた。
『そうか。友則は亡くなっていたんだね。そうなると、古今和歌集の完成から六年前……九〇四年ごろに行ったんだ。』
「はい。そうですね……」
しっかりと相槌をうっている春の気持ちは、声を聴いただけでもわかる。すかさず博士は春に向かって話しかけた。
『ごめんね、こんな話をしてしまって。春君もつらかっただろう』
「はい。でも、もう大丈夫になりました」
全体の報告はこれで終わったが、最後に暁が一つだけ気になるところがあったというので付け足した。
「そういえば、影狼が湧き出る不思議な『井戸』があったんだよなぁ」
「あ、そうだ。実は――」
暁は影狼が湧き出る井戸の話をした。相槌を忘れるほど食い入るように聞いていたが、話が終わるとうなり始めた。
『確かに、それはおかしいね。塞いで正解だったと思うよ』
博士は調査を進めてくれるらしく、二人は得意顔になっていた。電話を切るとまたリビングに戻った。
いづみとみゆきはおらず、風呂上がりの有明と冬がお茶を飲みながら話していた。それに四人も参戦する。
「何話してんの?」
「えっと、明日はお休みだから買い物に行こうって話してたんだ」
「新しくできたショッピングモールっ!スポーツ用品が充実してるんすよね~」
それに続いて、上がってきたばかりのしがらみと友も話に混ざってきた。二人は何かこそこそ話をしてから有明に向かって話した。
「有明君、僕たちも一緒に行っていいかな?友が新しい本買いたいって」
「あの……いいですか?」
恐る恐る聞いてくる友に二人は大歓迎の様子でうなずいた。四人で行くことが決まったようだ。
いつの間にか、もう遅い時間になっていた。貴重な休日を寝過ごすわけにはいかない。それぞれが個室に戻っていった。
心は春を個室まで送っていった。そこまで会話は何もなかったが、部屋の前に着いたとき、心はふと聞いた。
「ねぇ、春兄」
「……どうしたの、心」
「春兄は後悔したこととかある?」
表情は特に変わらなかった。黙り込んでしまった春の前ははっきり言って居心地が悪かった。何かを言おうとしていたが、その前に速足で部屋に戻った。聞いてはいけないことを、言いそうだと感じたからだ。
部屋の扉を急ぎ目に閉めて、布団にうずくまった。
「 “後悔”、ですか」
布団の上でそうつぶやいた。わかっている。自分の胸に撃ってしまったことをまだ引きずっているのだろう。傷があった場所に手を当てると、また例の声が聞こえてきた。
『お前には才能がある。だが、誰も認めてくれない。お前は必死に頑張っているのに、元の才能が大きすぎるせいで薄れてしまう。友達だと思っている者が、信じられなくなってしまうのだろう?』
まったくその通りだ、と感じる。だが仕方ないのだ。自分は静かに生きているだけでよい。そう言い聞かせながら眠りについた。だが完全には拒めなかった。
その声の持ち主とは、紛れもない、春自身なのだから。
平安中期編 壱 《終》
これにて、平安中期編 壱 は終わりになります。番外編を挟んでから次の所に入ります。また投稿時間が変わるかもしれないのでその時はお伝えします。